正義と誠実を追い求める者は、いのちと正義と誉とを得る。(箴言21章21節)
1.列王記第一3章3節ー13節
2.ローマ人への手紙3章10節ー26節
3.コリント人への手紙第一4章4節ー5節
4.テモテへの手紙第一6章7節ー11節
いのヘブル人で、律法についてはパリサイ人、その熱心は教会を迫害したほどで、律法による義についてならば非難されるところのない者です。(ピリピ人への手紙3章5節ー6節)」と豪語していましたが、キリスト者となった彼は「すべての人は、罪を犯したので、神からの栄誉を受けることができず、ただ、神の恵みにより、キリスト・イエスによる贖いのゆえに、価なしに義と認められるのです。(ローマ人への手紙3章23節ー24節)」と語るとともに、驚くべきことに「私にはやましいことは少しもありませんが、だからといって、それで無罪とされるのではありません。私をさばく方は主です。ですから、あなたがたは。主が来られるまでは、何についても、先走ったさばきをしてはいけません。主は、やみの中に隠れた事も明るみに出し、心の中のはかりごとも明らかにされます。そのとき、神から各人に対する称賛が届くのです。(コリント人への手紙第一4章4節ー5節)」と語っています。ところで、今日の聖句ですが、新改訳第3版は「正義と誠実を追い求める者は、いのちと正義と誉とを得る。」と訳していますが、口語訳は「正義といつくしみとを追い求める者は、命と誉とを得る。」と、新共同訳は「恵みと慈しみを追い求める人は 命と恵みと名誉を得る。」と、2017年訳は「義と恵みを追い求める者は、いのちと義と誉れを見出す。」と訳していることから、いのちと正義と誉れを得る道は、キリストにあることがわかります。パウロは「だれもみな自分自身のことを求めるだけで、キリスト・イエスを求めてはいません。(ピリピ人への手紙2章21節)」と語っていますが、罪人を救うための父のご計画を成就するために死に至るまでも従われた誠実な方、慈しみ深く、恵みとまことに満ちておられ、信仰の完成者である主イエス・キリストをいつも求めて生きるようにしようではありませんか。
