そこで、イエスは答えて言われた。「医者を必要とするのは丈夫な者ではなく、病人です。わたしは正しい人を招くためではなく、罪人を招いて、悔い改めさせるために来たのです。」(ルカの福音書5章31節ー32節)

1.ルカの福音書18章9節ー14節
2. ローマ人への手紙3章19節ー26節
3.テモテへの手紙第一1章13節ー17節
4.テモテへの手紙第一2章1節ー6節

イエス様が「医者を必要とするのは丈夫な者ではなく、病人です。わたしは正しい人を招くためではなく、罪人を招いて、悔い改めさせるために来たのです。」と仰せられたのは、パリサイ人やその派の律法学者たちが、弟子たちに「なぜ、あなたがたは、取税人や罪人どもといっしょに飲み食いするのですか。」とつぶやいたためでした。義人と自認し、他の人々を見下している者たちに対してイエス様は「ふたりの人が、祈るために宮に上った。ひとリはパリサイ人で、もうひとリは取税人であった。パリサイ人は立って、心の中でこんな祈りをした。『神よ。私はほかの人々のようにゆする者、不正な者、姦淫する者ではなく、ことにこの取税人のようではないことを、感謝します。私は週に二度断食をし、自分の受けるものはみな、その十分の一をささげております。』ところが、取税人は遠く離れて立ち、目を天に向けようともせず、自分の胸をたたいて言った。『神さま。こんな罪人の私をあわれんでください。』あなたがたに言うが、この人が、義と認められて家に帰りました。パリサイ人ではありません。なぜなら、だれでも自分を高くする者は低くされ、自分を低くする者は高くされるからです。」とたとえ話をもって警告されたのでした。キリストを信じる信仰によって神から与えられる神の義を知ったパウロは「イエス・キリストを信じる信仰による神の義であって、それはすべての信じる人に与えられ、何の差別もありません。すべての人は、罪を犯したので、神からの栄誉を受けることができず、ただ、神の恵みにより、キリスト・イエスによる贖いのゆえに、値なしに義と認められるのです。(ローマ人への手紙3章22節ー24節)」と語っているように、律法による自分の義に生き、罪人であることがわからず、自分は取税人や罪人と違うと思っているパリサイ人や律法学者たちも救われる必要があるのでした。パウロは「すべての人のために、王とすべて高い地位にある人たちのために願い、祈り、とりなし、感謝がささげようにしなさい。(テモテへの手紙第一2章1節)と勧めているように、自分が罪人であることを知らずにおられる世の人々のために祈ろうではありませんか。