主よ。あなたに並ぶ者はありません。あなたは大いなる方。あなたの御名は、力ある大いなるものです。(エレミヤ書10章6節)
1.詩篇82篇1節ー7節
2.イザヤ書46章3節ー8節
3.ローマ人への手紙10章1節ー13節
4.ピリピ人への手紙2章6節ー11節
エレミヤはまず「主はこう仰られる。『異邦人の道に見習うな。天のしるしにおののくな。異邦人がそれらにおののいても。国々の民のならわしはむなしいからだ。それは、林から切り出された木、木工が、なたで造った物にすぎない。それは銀と金で飾られ、釘や、槌で、動かないように打ちつけられる。それは、きゅうり畑のかかしのようで、ものも言えず、歩けないので、いちいち運んでやらなければならない。そんな物を恐れるな。わざわいも幸いも下せないからだ。」と語っているように、人々が拝んでいる偶像は人の助けを必要とするような物にすぎないことを語ってから、エレミヤは「主よ。あなたに並ぶ者はありません。あなたは大いなる方。あなたの御名は、力ある大いなるものです。」と告白しています。創世記1章において人が生きるために必要なものをすべて創造されてから人を創造されたことが語られています。エレミヤ書9章23節に「主はこう仰せられる。『知恵ある者は自分の知恵を誇るな。』」と、神の知恵ではなく自分の知恵を誇らないように仰せられているのは、パウロが「知者はどこにいるのですか。学者はどこにいるのですか。この世の議論家はどこにいるのですか。神は、この世の知恵を愚かな物にされたのではありませんか。事実、この世が自分の知恵によって神を知ることがないのは、神の知恵によるのです。(コリント人への手紙第一1章21節)」と、偶像崇拝者に関して「彼らは、自分では知者であると言いながら、愚かな者となり、不滅の神の御栄えを、滅ぶべき人間や、鳥、獣、はうもののかたちに似た物と代えてしまいました。(ローマ人への手紙1章20節ー23節)」と、自分では賢いと思っても真の神を知っていないのであれば愚かな者であるためではないでしょうか。70人の弟子たちは「主よ。あなたの御名を使うと、悪霊どもでさえ、私たちに服従します。(ルカの福音書10章17節)」とイエス様に報告されましたし、エレミヤが「あなたの御名は、力ある大いなるものです。」と、パウロが「イエスの御名によって、天にあるもの、地にあるもの、地の下にあるもののすべてが、ひざをかがめ、すべての口が、『イエス・キリストは主である』と告白して、父なる神がほめたたえられるためです。(ピリピ人への手紙2章10節)」と語っていることを忘れずに、祈る時、主の御名の威力を思い起こして祈ろうではありませんか。
