知恵ある者の静かなことばは、愚かな者の間の支配者の叫びよりは、よく聞かれる。知恵は武器にまさり、ひとりの罪人は多くの良いことを打ちこわす。(伝道者の書9章17節ー18節)
1.伝道者の書10章12節ー15節
2.ルカの福音書23章10節ー43節
3.ローマ人への手紙5章5節ー12節
4.コリント人への手紙第一1章18節ー31節
ヤコブは「もしあなたがたの心の中に、苦いねたみと敵対心があるならば、誇ってはいけません。真理に逆らって偽ることになります。そのような知恵は、上から来たものではなく、地に属し、肉に属し、悪霊に属するものです。ねたみや敵対心のあるところには、秩序の乱れや、あらゆる邪悪な行いがあるからです。上からの知恵は、第一に純真であり、次に平和、寛容、温順であり、また、あわれみと良い実とに満ち、えこひいきがなく、見せかけのないものです。」と対照的な二種類の知恵について語っています。パウロが「私たちの語るのは、隠された奥義としての神の知恵であって、それは、神が、私たちの栄光のために、世界の始まる前から、あらかじめ定められたものです。この知恵を、この世の支配者たちは、だれひとりとして悟りませんでした。もし悟っていたら、栄光の主を十字架につけはしなかったでしょう。(コリント人への手紙第一2章7節ー8節)」と語っているように、エス様を釈放しようとしたピラトに対して祭司長たちは群衆を煽動して「十字架につけろ」と叫び続け、イエス様が十字架にかけられると道を行く人々や祭司長たち、律法学者たちだけでなく十字架にかけられていた二人の犯罪人もあざけったり、ののしったりしたのですが(マルコの福音書15章10節ー32節)、イエス様は人々のためにとりなして祈られたのでした。その祈りを聞いても悪口を言っている犯罪人にもうひとりの犯罪人は「おまえは神をも恐れないのか。」とたしなめてから「イエスさま。あなたの御国の位にお着きになるときには、私を思い出してください。」と、イエス様に対する考えを変えたのでした。ソロモンが「知恵ある者の静かなことばは、愚かな者の間の支配者の叫びよりは、よく聞かれる。知恵は武器にまさり、ひとりの罪人は多くの良いことを打ちこわす。」と語っているように、イエス様は彼に「まことに、あなたに告げます。あなたはきょう、わたしとともにパラダイスにいます。」と、パウロが「ちょうどひとりの不従順によって多くの人が罪人にされたのと同様に、ひとりの従順によって多くの人が義人とされるのです。(ローマ人への手紙5章19節)」と語っているように、ひとりの罪人によってこわされた神との関係を神の知恵は回復してくださり、人の力や知恵では得ることのできない死後の希望を与えられただけでなく、天にあるすべての霊的祝福をもって祝福してくださったように(エペソ人への手紙1章3節)、神の知恵はどんな武器にもまさっていることを心に据えて神の知恵であるみことばをしっかり握って生きようではありませんか。
