私には、私たちの主イエス・キリストの十字架以外に誇りとするものが決してあってはなりません。この十字架によって、世界は私に対して十字架につけられ、私も世界に対して十字架につけられたのです。(ガラテヤ人への手紙6章14節)
1.使徒の働き2章14節ー41節
2.コリント人への手紙第一1章18節ー25節
3.コリント人への手紙第一2章1節ー12節
4.コリント人への手紙第一15章3節ー11節
「主はこう仰せられる。『知恵ある者は自分の知恵を誇るな。つわものは自分の強さを誇るな。富む者は自分の富を誇るな。』」と、主はこの世の人々がしばしば誇ろうとするものを誇らないように仰せらてから「誇る者は、ただ、これを誇れ。悟りを得て、わたしを知っていることを。わたしは主であって、地に恵みと公義と正義を行う者であり、わたしがこれらのことを喜ぶからだ。ー主の御告げー」と何よりも主を知っていることの大切さを話されました(エレミヤ書9章23節ー24節)。パウロは「どうか犬に気をつけてください。悪い働き人に気をつけてください。肉体だけの割礼の者に気をつけてください。」と忠告してから「もし、ほかの人が人間的なものに頼むところがあると思うなら、私はそれ以上です。私は八日目に割礼を受け、イスラエルの民族に属し、ベニヤミンの分かれの者です。きっすいのヘブル人で、律法についてはパリサイ人、その熱心は教会を迫害したほどで、律法による義ならば非難されるところのない者です。」と、誰よりも誇れる点がある者であることを話されましたが、「私には、私たちの主イエス・キリストの十字架以外に誇りとするものが決してあってはなりません。」と忠告しておられるように、「しかし、私に、とって得であったこのようなものをみな、私はキリストのゆえに、損と思うようになりました。」と、話されてから「この十字架によって、世界は私に対して十字架につけられ、私も世界に対して十字架につけられたのです。」と、話されたように「それどころか、私の主であるキリスト・イエスを知っていることのすばらしさのゆえに、いっさいのことを損と思っています。私はすべてのものを捨てて、それらをちりあくたと思っています。」と告白されたのでした(ピリピ人への手紙3章2節ー8節)。パウロは最も大切なことは十字架の死と復活であることを語られ(コリント人への手紙第一15章3節)、弱さを覚えたときには十字架につけられたイエス様のことだけを考えたのでした。十字架なしに罪や死の解決を得ることができませんし、死なくして復活はなく、復活がなかったら、永遠の希望も持てないのではないでしょうか。パウロのように弱さを覚えるとき、神からの力を得るために十字架にかけられたイエス様のことだけを考えようではありませんか(コリント人への手紙第一2章1節ー4節)。
