あなたは、私のいのちを死から、まことに私の足を、つまずきから、救い出してくださいました。それは、私が、いのちの光のうちに、神の御前を歩むためでした。(詩篇56篇13節)
1.詩篇116篇1節ー13節
2. ヨハネの福音書1章1節ー17節
3. ローマ人への手紙6章17節ー23節
4.ユダの手紙24節ー25節
今日の聖句の冒頭に「「指揮者のために。『遠くの人の、もの言わぬ鳩』の調べに合わせて、ダビデのミクタム。ペリシテ人がガテでダビデを捕らえたときに」とあります。ガテ出身でペリシテ人の勇者ゴリアテとの戦いに勝利し凱旋したとき、女性たちが笑いながら「サウルは千を打ち、ダビデは万を打った。」と繰り返し歌ったのを聞いたサウル王からねたまれいのちを狙われたダビデは、主に拠り頼むよりも、自分の考えで、ゴリアテの出身地ガテに逃げ込んだのですが、すぐにダビデとわかってしまい、アキシュ王の前で気が違ったように振る舞ったために殺されずにすんでアドラムの洞穴に避難したダビデは「あなたは、私のいのちを死から、まことに私の足を、つまずきから、救い出してくださいました。」と、主が救い主であることを認めるとともに、「それは、私が、いのちの光のうちに、神の御前を歩むためでした。」と、語っています。イエス様を信じたことによって、パウロが「罪から来る報酬は死です。しかし、神の下さる賜物は、私たちの主キリスト・イエスにある永遠のいのちです(ローマ人への手紙6章23節)」と語っているように、全生涯の罪が取り除かれているだけでなく、永遠のいのちが与えられているのですが、ダビデと同じように、自分の考えや自分の思いで物事を判断し窮地に陥ってしまうことがあるのではないでしょうか。そのような時、ヘブル人への手紙4章16節が「私たちは、あわれみを受け、また恵みをいただいて、おりにかなった助けを受けるために、大胆に恵みの御座に近づこうではありませんか。」と勧めているように、人の光であられ、恵みとまことに満ちておられるだけでなく、それらを実現してくださった、信仰を完成してくださるイエス様から目を離さず、箴言3章6節が「あなたの行く所どこにおいても、主を認めよ。そうすれば、主はあなたの道をまっすぐにされる。」と勧めているように、どんな時にも罪人を救うために御子イエス様を人としてお遣わしになられた神がいつも共にいてくださることを心に据えて、神の御前を歩むようにしようではありませんか。
