何事でも神のみこころにかなう願いをするなら、神はその願いを聞いてくださるということ、これこそ神に対する私たちの確信です。(ヨハネの手紙第一5章14節)

1.列王記第一3章3節ー14節
2.ヨハネの福音書16章24節ー25節
3. ピリピ人への手紙4章4節ー9節
4.ヤコブの手紙4章1節ー10節

昨日報道ステーションでトランプ大統領のために多くの牧師先生方が祈る姿と祈りのことばが日本語に訳されて放映されたのを見ながら、私自身、祈りについて再認識させていただきました。イエス様は「神の国とその義とをまず第一に求めなさい。」と仰せられましたが、キリスト者でありながらもトランプさんが「アメリカ ファースト」と発言してから、小池都知事も「都民ファースト」と言われたように、神以外のものを第一にしてしまう傾向が流行ってしまっています。興味深いことに、ヤコブは、戦いや争いが起きる原因を「あなたがたのからだの中で戦う欲望が原因ではありませんか。」と語っています(ヤコブの手紙4章1節)。ところで、パウロは「終わりの日には困難な時代がやって来ることをよく承知しておきなさい。」と語ってから、そのときに人々は「自分を愛する者」「金を愛する者」「神よりも快楽を愛する者になり、見えるところは敬虔であっても、その実を否定する者になるからです。」と語っています(テモテへの手紙第二3章1節ー5節)。神から「あなたに何を与えようか。願え。」と尋ねられたソロモンは自分のために長寿を求めず、自分のために富を求めず、敵のいのちをも求めず、主の御心にかなう願いをされたので、主は彼が願われた知恵の心と判断する心を与えられただけでなく、彼が願わなかった富や誉れをも与えることを約束されたのですが、その秘訣は主を愛していたからではないでしょうか(列王記第一3章3節ー12節)。ヨハネは「何事でも神のみこころにかなう願いをするなら、神はその願いを聞いてくださるということ、これこそ神に対する私たちの確信です。」と、確信語っています。人々の救いのために祈る祈りは神の御心にかなうものですが、すぐにその結果が見られない時、主の時があることを心に据えて祈るようにしようではありませんか。