ああ、私に、生ける者の地で主のいつくしみを見ることが信じられなかったならー待ち望め。主を。雄々しくあれ、心を強くせよ。待ち望め。主を。(詩篇27篇13節ー14節)
1.詩篇130篇1節ー8節
2.伝道者の書3章1節ー11節
3.イザヤ書40章27節ー31節
4.ローマ人への手紙8章15節ー25節
パウロは「あなたがたの会った試練はみな人の知らないものではありません。神は真実な方ですから、あなたがたを、耐えられないほどの試練に会わせることはなさいません。むしろ、耐えられるように、試練とともに脱出の道も備えてくださいます。(コリント人への手紙第一10章13節)」と、キリスト者も世の人々と同じように試練に会いますが、主を信頼して生きるように勧めています。ところで、ソロモンが「神のなさることは、すべて時にかなって美しい。・・・しかし人は、神が行われるみわざを、初めから終わりまで見きわめることができない。(伝道者の書3章11節)」と、語っているように、私たちには理解できないことが多々あるのではないでしょうか。ダビデが「ああ、私に、生ける者の地で主のいつくしみを見ることが信じられなかったならー」と、語っているように、思わぬ試練に会うと主よりも試練そのものに目が行ってしまい、心が萎えて主を信頼できないような状態に陥ってしまうような時があるのではないでしょうか、そのような時の解決法として、王座を狙うような人ではなかったのにサウルからいのちを狙われただけでなく、部下たちからも殺されそうになったダビデ(サムエル記第一30章1節ー20せつ)が「待ち望め。主を。雄々しくあれ、心を強くせよ。待ち望め。主を。」と、勧めているのは、ダビデ自身が経験したことでもあったのではないでしょうか。すべてを美してくださる主の時を、すべてのことを益としてくださる主を待つことには忍耐を要するのではないでしょうか。パウロは「昔書かれたことは、すべて私たちを教えるために書かれたのです。それは、聖書の与える忍耐と励ましによって、希望を持たせるためなのです。」と語ってから「どうか、望みの神が、あなたがたを信仰によるすべての喜びと平和をもって満たし、聖霊の力によって望みにあふれさせてくださいますように」と祈られました。忍耐と励ましの神であるキリストの忍耐をいただいて、力と勢いを(イザヤ書40章30節ー31節)、希望を与えてくださる主を信頼して生きるようにしようではありませんか。
