あなたは私にいのちの道を知らせてくださいます。あなたの御前には喜びが満ち、あなたの右には、楽しみがとこしえにあります。(詩篇16篇11節)
1.マタイの福音書5章3節ー12節
2.マタイの福音書7章13節ー14節
3.ヨハネの福音書3章1節ー17節
4.ヨハネの福音書13章36節ー14章6節
箴言12章28節は「正義の道にはいのちがある。その道筋には死がない。」と語っていますが、箴言14章12節-13節は「人の目にはまっすぐに見える道がある。その道の終わりは死の道である。笑うときにも心は痛み、終わりには喜びが悲しみとなる。(口語訳:人が見て自ら正しいとする道でも、その終りはついに死に至る道となるものがある。笑う時にも心に悲しみがあり、喜びのはてに憂いがある。)」と、正義の道がもたらすものと、人が自分の考えで判断する道の違いを語っています。ところで、エレミヤ書9章24節が「誇る者は、ただ、これを誇れ。悟りを得て、わたしを知っていることを。わたしは主であって、地に恵みと公義と正義を行う者であり、わたしがこれを喜ぶからだ。ー主の御告げー」と語っているように、「正義の道」は主の道であることがわかります。ですから道は「いのちの道」「死の道」と二つしかないことを、その分かれ目はローマ人への手紙6章23節が「罪から来る報酬は死です。しかし、神の下さる賜物は、私たちの主キリスト・イエスにある永遠のいのちです。」と語っているように全生涯の罪を取り除いてくださるイエス様を信じているかどうかにかかっていることがわかります。イエス様は「わたしは道であり、真理であり、いのちなのです。わたしを通してでなければ、だれひとり父のみもとに来ることはありません(ヨハネの福音書14章6節)」といのちの道はイエス様ご自身であることを明言されました。今日の聖句「あなたは私に、いのちの道を知らせてくださいます。あなたの御前には喜びが満ち、あなたの右には、楽しみはとこしえにあります。」を心に据えて、この世にあってさまざまな試練に会いますが、私たちが歩んでいる道は、試練で終わるものではなく、いのちの道であり、やがてイエス様と永遠に生き続けることができる永遠のいのちが与えられていることを忘れずに、昼は雲の柱、夜は火の柱をもって荒野を旅するイスラエルの民を導かれたように、主は日々私たちとともにいてくださり、すべてのことを益としてくださる方であることを忘れずに(出エジプト記13章21節―22節、ローマ人への手紙8章28節)、羊飼いである主を毎日仰ぎ見ていのちの道を歩もうではありませんか。
