わたしの名で呼ばれるすべての者は、わたしの栄光のために、わたしがこれを創造し、これを形造り、これを造った。(イザヤ書43章7節)
1.イザヤ書60章1節ー2節
2.ヨハネの福音書17章18節―24節
3.コリント人への手紙第二3章6節ー18節
4.ペテロの手紙第一5章2節ー11節
主はイスラエルの民に「恐るな。わたしがあなたを贖ったのだ。わたしはあなたの名を呼んだ。あなたはわたしのもの。」と仰せられてから「わたしの名で呼ばれるすべての者は、わたしの栄光のために、わたしがこれを創造し、これを形造り、これを造った。」と、仰られました。ところで、わたしの名で呼ばれるすべての者とは、神の民とされたイスラエルとパウロが「私たちは神の作品であって、良い行いをするためにキリスト・イエスにあって造られたのです。(エペソ人への手紙2章10節)」と、語っているように、イエス様はが字架にかけられる前に「わたしは、あなたがわたしに下さった栄光を、彼らに与えました。(ヨハネの福音書17章32節)」と仰せられたようにキリスト者には神の栄光が与えられていることを、しかもペテロの手紙 第一 5章10節が「あらゆる仰せられた恵みに満ちた神、すなわち、あなたがたをキリストにあってその永遠の栄光の中に招き入れてくださった神ご自身が、あなたがたをしばらくの苦しみのあとで完全にし、堅く立たせ、強くし、不動の者としてくださいます。」と語っているように、死によって消滅するようなこの世の栄光ではなく、主が与えてくださっている栄光は、永遠の栄光あることを語っています。今日の聖句「私の名で呼ばれるすべての者は、わたしの栄光のために、わたしがこれを創造し、これを形造り、これを造った。」を心に据えて、主の栄光のためにキリストにあって新しく創造されていることを、しかもその栄光は、私たちの努力ではなく、恵みによって与えられていることを、永遠のものであることを忘れないようにしようではありませんか。
