主を恐れよ。その聖徒たちよ。彼を恐れる者には乏しいことはないからだ。若い獅子も乏しくなって飢える。しかし、主を尋ね求める者は、良いものに何一つ欠けることはない。(詩篇34篇9節ー10節)
1.詩篇23篇1節ー6節
2.マタイの福音書6章26節ー34節
3.テモテへの手紙第一6章2節ー8節
4.ヘブル人への手紙7章14節ー28節
イエス様は「祈るとき、異邦人のように同じことばを、ただくり返してはいけません。彼らはことば数が多ければ聞かれると思っているのです。だから、彼らのまねをしてはいけません。あなたがたの父なる神は、あなたがたがお願いする先に、あなたがたに必要なものを知っておられるからです。」と仰せられてから「天にいます私たちの父よ。御名があがめられますように。御国が来ますように。みこころが天で行われるように地でも行われますように。」と、私たちが祈るとき、まず目線を天に向けるように仰せられてから「私たちの日ごとの糧を今日もお与えください。」と祈るように教えてくださるとともに「あなたがたのうちだれが、心配したからといって、自分のいのちを少しでも延ばすことができますか。」と問うてから「きょうあっても、明日は炉に投げ込まれる野の草さえ、神はこれほどに装ってくださるのだから、ましてあなたがたによくしてくださらないわけがありましょうか。信仰の薄い人たち。そういうわけだから、何を食べるか、何を飲むか、何を着るか、などと言って心配するのはやめなさい。こういうものはみな、異邦人が切に求めているものです。しかし、あなたがたの天の父は、それがみなあなたがたに必要であることを知っておられます。だから、神の国とその義をとをまず第一に求めなさい。そうすれば、それに加えて、これらのものはすべて与えられます。(マタイの福音書6章7節ー11節及び27節ー33節)」と勧めておられますが、それは今日の聖句「主を恐れよ。その聖徒たちよ。彼を恐れる者には乏しいことはないからだ。若い獅子も乏しくなって飢える。しかし、主を尋ね求める者は、良いものに何一つ欠けることはない。」に通じるものではないでしょうか。イスラエルの民のように主の救いを体験しながらも欲に支配されて主に対して不信の罪を犯さないように、主を恐れる、すなわち主がどんな偉大な方であるのかを、必要なものは与えてくださるだけでなく、私たちの弱さをご存知でとりなしていてくださる主を恐れる、すなわち、敬虔な念をもって主をほめたたえて生きるようにしようではありませんか。
