もし、私たちがこの世にあってキリストに単なる希望を置いているだけなら、私たちは、すべての人の中で一番哀れな者です。しかし、今やキリストは、眠った者の初穂として死者の中からよみがえられました。(コリント人への手紙第一15章19節ー20節)

1.ローマ人への手紙6章17節ー23節
2.ローマ人への手紙8章15節ー24節
3.ピリピ人への手紙3章10節ー21節
4.ペテロの手紙第一1章3節ー9節 

パウロは「もしキリストがよみがえらなかったのなら、あなたがたの信仰はむなしく、あなたがたは今もなお、自分の罪の中にいるのです。そうだったら、キリストにあって眠った者たちは、滅んでしまったのです。」と、信仰にもむなしいものがあることを、復活がないなら罪からの解放がなく、信仰もむなしいものであることを語ってから「もし、私たちがこの世にあってキリストに単なる希望を置いているだけなら、私たちは、すべての人の中で一番哀れな者です。しかし、今やキリストは、眠った者の初穂として死者の中からよみがえられました。」と、キリスト者に与えられている希望がどのようなものなのかをしっかり心に据えて生活することを勧めています。ところで、ソロモンはこの世のすべての分野を究極まで探索した結果「あなたの若い日に、あなたの創造者を覚えよ。わざわいの日が来ないうちに、また『何の喜びもない』と言う年月が近づく前に。(伝道者の書12章1節)」と、勧めているのは、若い時にはあまり死や死後のことを考えませんが、高齢になると「死」を身近に感じるようになり「あと何年生きられるかな」とか「死んだらどうなるのか」などと不安を感じるようになるからではないでしょうか。すべての人に死は訪れますが、パウロはキリスト者はイエス様と同じように死からよみがえることを語ってから「ですから、私たちは勇気を失いません。たとい私たちの外なる人は衰えても、内なる人は日々新たにされています。今の時の軽い患難は、私たちのうちに働いて、測り知れない、思い永遠の栄光をもたらすからです。(コリント人への手紙第二4章13節ー17節)」と、語っているように、この世に死によって消滅してしまうような希望ではなく、イエス様が復活してくださったことを、私たちの国籍は天にありこの世を去った瞬間、天に凱旋していること、その保証が復活にあることを、ペテロのように生ける希望が与えられていることを忘れずに、天を仰ぎ見て生きるようにしようではありませんか。