悪をもって悪に報いず、侮辱をもって侮辱に報いず、かえって祝福を与えなさい。あなたがたは祝福を受け継ぐために召されたのだからです。(ペテロの手紙第一3章9節)

1.マタイの福音書5章38節ー48節
2.ローマ人への手紙12章10節ー21節
3.エペソ人への手紙6章10節ー20節
4.ヘブル人への手紙12章2節ー15節

パウロは「この世と調子を合わせてはいけません。いや、むしろ、神のみこころは何か、すなわち、何が良いことで、神に受け入れられ、完全であるのかをわきまえ知るために、心の一新によって自分を変えなさい。(ローマ人への手紙12章2節)」と語ってから、「自分こそ知者だなどと思ってはいけません。だれに対してでも、悪に悪を報いることをせず、すべての人が良いと思うことを図りなさい。あなたがたは、自分に関する限り、すべての人と平和を保ちなさい。愛する人たち、自分で復讐(revenge)してはいけません。神の怒りに任せなさい。それは、こう書いてあるからです。『復讐(avenge)はわたしのすることである。わたしが報いをする、と主は言われる。』・・・悪に負けてはいけません。かえって、善をもって悪に打ち勝ちなさい。(ローマ人への手紙12章16節ー19節及び21節)」と、悪に勝利する秘訣を語っています。日本語でははっきりしませんが、英語の聖書で「復讐」という単語を見ると違いがわかります。revengeは自分の感情によるものであり、自分に悪いことをした相手に対する、恨みや怒りに基づいたものですが、avengeは不正や悪事に対する、正義に基づいたものです。イエス様から「剣をもとに納めなさい。剣を取る者はみな剣で滅びます。(マタイの福音書26章51節ー52節)」と言われた大祭司のしもべの耳を切り落としたペテロ(ヨハネの福音書18章10節)は「悪をもって悪に報いず、侮辱をもって侮辱に報いず、かえって祝福を与えなさい。あなたがたは祝福を受け継ぐために召されたのだからです。」と勧めているのは、死者の中からよみがえられたイエス様にお会いし、どれほどの祝福が与えられているのかを知ったことによるのではないでしょうか(ペテロの手紙第一1章3節ー4節)。イエス様は十字架上で「父よ。彼らをお赦しください。彼らは、何をしているのか自分でわからないのです(ルカの福音書23章24節)」と祈られたのは、パウロが「私たちの格闘は血肉に対するものではなく、主権、力、この暗やみの世界の支配者たち、また、天にいるもろもろの悪霊に対するものです。(エペソ人への手紙6章12節)」と語っているように、本当の敵は悪魔や悪霊であるからではないでしょうか。敵を間違えないようにしようではありませんか。