知恵ある者の静かなことばは、愚かな者の間の支配者の叫びよりは、よく聞かれる。知恵は武器にまさり、ひとりの罪人は多くの良いことを打ちこわす。(伝道者の書9章17節ー18節)

1.伝道者の書12章9節ー14節
2.マタイの福音書26章36節ー56節
3.コリント人への手紙第一1章18節ー25節
4.ヤコブの手紙3章13節ー17節

善悪の知識の木から取って食べても決して死なないどころか、目が開け、神のようになり善悪を知るようになる、と偽りをもって罪を犯すように誘惑したサタンのことばを信じてエバでなくアダムも食べると、確かに目が開かれて自分たちが裸であるのを知り、自分たちの考えでいちじくの葉をつづり合わせて腰のおおいを作ったのでした。ヒューマニズムの始まりです。ところで、主から「あなたに何を与えようか。願え。」と問われたソロモンは主を愛しておられたので自分のために長寿も富も敵のいのちを求めず「善悪を判断してあなたの民をさばくために聞き分ける心をしもべに与えてください。」と神の知恵を求めたので、主は知恵の心と判断する心を与えられたのでした。神から与えられた知恵をもってこの世のあらゆる分野を探索したソロモンは「知恵ある者の静かなことばは、愚かな者の間の支配者の叫びよりは、よく聞かれる。知恵は武器にまさり、ひとりの罪人は多くの良いことを打ちこわす。」知恵ある者と愚かな者のことばがもたらす結果を、知恵の威力がどれほどのものであるかを語るとともに「ひとり」の存在の重要性をも語っています。アダムが罪を犯したことによって人類に死が臨むことになったのですが、神の知恵は御子イエス様を人としてこの世にお遣わしになり、この世や人の知恵では解決できない罪や死、神の怒りから救われる道を開かれたのでした(ローマ人への手紙5章7節ー19節)。イエス様は弟子のひとりが大祭司のしもべの耳を切り落とした時、「剣をもとに納めなさい。剣を取る者はみな剣で滅びます。それとも、わたしが父にお願いして、十二軍団よりも多くの御使威を、今わたしの配下に置いていただくことができないとでも思うのですか。だが、そのようなことをすれば、こうならなければならないと書いてある聖書が、どうして実現されましょう。(マタイの福音書26章51節ー54節)」と仰せになりました。武器には永遠の死に勝利する力はなく、かえって人々に滅びや悲しみを与えてしまいます。核を保有することが、性能のある武器が安全を保証するかのように思われ、軍事力を強めるために軍事費を増やそうとする風潮があるこんにち、パウロが勧めているようにすべての人のために、王とすべての高い地位にある人々が神の知恵であるキリストを信じることができるように祈るとともに(テモテへの手紙第一2章1節)、私たちもこの世の風潮に流されないように、この世の知恵ではなく神の知恵であるみことばに生きるように主に助けて頂こうではありませんか。