正しい者の救いは、主から来る。苦難のときの彼らのとりでは主である。(詩篇37篇39節)
1.歴代誌第二20章1節ー30節
2.ヨハネの福音書10章24節ー30節
3.コリント人への手紙第一10章1節ー14節
4.エペソ人への手紙6章10節ー20節
イエス様は弟子たちに「人々はあなたがたを会堂から追放するでしょう。事実、あなたがたを殺す者がみな、そうすることで自分は神に奉仕しているのだと思う時が来ます。彼らがこういうことを行うのは、父をもわたしも知らないからです。(ヨハネの福音書16章2節ー3節)」と、また、弟子たちがイエス様ひとり残して家に帰ってしまうようになることを話されてから「わたしがこれらのことをあなたがたに話したのは、あなたがたがわたしにあって平安を持つためです。あなたがたは、世にあっては患難があります。しかし、勇敢でありなさい。わたしはすでに世に勝ったのです。(ヨハネの福音書16章32節ー33節)」と、イエス様を信じたことによって罪が取り除かれて正しい者となったキリスト者でも患難にあって苦悩することがあることを話されましたが、勝利者である主を忘れないように励まされたのでした。ヨブ記の1章と2章を見ると、主が許可を与えましたが、自然災害や人災そのものはサタンとも呼ばれる悪魔の仕業であることがわかります。ですからパウロは「私たちの格闘は血肉に対するものではなく、主権、力、この暗やみの支配者たち、また、天にいるもろもろの悪霊に対するものです。」と、語ってから「ですから、邪悪な日に際して対抗できるように、またいっさいを成し遂げて、堅く立つことができるように、神のすべての武具をとりなさい。」と、勧めるとともに(エペソ人への手紙6章12節ー13節)、「あなたがたの会った試練はみな人の知らないものではありません。神は真実な方ですから、あなたがたを、耐えられないほどの試練に会わせることはなさいません。むしろ、耐えられるように、試練とともに脱出の道も備えてくださいます。(コリント人への手紙第一10章13節)」と励ましています。今日の聖句「正しい者の救いは、主から来る。苦難のときの彼らのとりでは主である。」を心に据えて、「わたしが道であり、真理であり、いのちなのです。(ヨハネの福音書14 章6節)」と仰せられた、私たちのとりでであり、救い主であるキリストにある者として生きるようにしようではありませんか。
