正義は潔白な生き方を保ち、悪は罪人を滅ぼす。(箴言13章6節)

1. エゼキエル書18章19節ー32節
2.ヨハネの福音書18章33節ー19章12節
3.コリント人への手紙第一1章18節ー31節
4.コリント人への手紙第二3章17節ー4章6節

パウロは「すべての人は、罪を犯したので、神からの栄誉を受けることができず、ただ、神の恵みにより、キリスト・イエスによる贖いのゆえに、価なしに義と認められるのです。神は、キリスト・イエスを、その血による、また信仰による、なだめの供え物として、公にお示しになりました。それは、ご自身の義を現すためです。というのは、今までに犯されて来た罪を神の忍耐をもって見のがして来られたからです。それは、今の時にご自身の義を現すためであり、こうして神ご自身が義であり、mた、イエスを信じる者を義とお認めになるためなのです。(ローマ人への手紙3章23節ー26節)」と、「キリストは、私たちにとって、神の知恵となり、また、義と聖めと、贖いとなられました。(コリント人への手紙第一1章30節)」と、正義はキリストそのものであることを語っています。今日の聖句が「正義は潔白な生き方を保ち、悪は罪人を滅ぼす。」と語っているように、イエス様は潔白な生き方をされていたのでピラトはユダヤ人たちに「私は、あの人には罪を認めません。」と語ったのではないでしょうか。一方、イエス様は「悪魔は初めから人殺しであり、真理に立ってはいません。(ヨハネの福音書8章44節)」と語っています。正義なる神は罪人を救うために御子イエス様を人としてこの世のお遣わしになりましたが、この世の神である悪魔は「不信者の思いをくらませて、神のかたちであるキリストの栄光にかかわる福音の光を輝かせないようにしている。(コリント人への手紙第二4章3節ー4節)」と語っているように、福音宣教の働きを妨げているのです。悪魔の策略に陥らないために、この世の価値観や生き方に惑わされないように、罪人、すなわち全ての人のためにご自身を捧げられたイエス様を仰ぎ見て、救われていることを喜んで生きるようにしようではありませんか。