「見よ、処女がみごもっている。そして男の子を産む。その名はインマヌエルと呼ばれる。」(訳すと、神は私たちとともにおられる、という意味である。)(マタイの福音書1章23節)
1.イザヤ書7章10節ー15節
2.イザヤ書43章1節ー7節
3.マタイの福音書11章28節ー30節
4.マタイの福音書28章18節ー20節
主の御使いが「ダビデの子ヨセフ。恐れないであなたの妻マリヤを迎えなさい。その胎に宿っているものは聖霊によるのです。マリヤは男の子を産みます。その名をイエスとつけなさい。この方こそ、ご自分の民をその罪から救ってくださる方です。」とヨセフに語られてから、イザヤ書7章14節の預言をイエス様が成就することを「見よ、処女がみごもっている。そして男の子を産む。その名はインマヌエルと呼ばれる。」(訳すと、神は私たちとともにおられる、という意味である。)と語っていますが、興味深いことにイエス様は昇天してしまうにもかかわらず、「見よ。わたしは、世の終わりまで、いつも、あなたがたとともにいます。(マタイの福音書28章20節)」と約束されました。その約束をイエス様は「わたしは真実を言います。わたしが去って行くことは、あなたがたにとって益なのです。それは、もしわたしが去って行かなければ、助け主があなたがたのところに来ないからです。しかし、もし行けば、わたしは助け主をあなたがたのところに遣わします。(ヨハネの福音書16章7節)」と、御霊に関して「わたしは父にお願いします。そうすれば、父はもうひとりの助け主をあなたがたにお与えになります。その助け主がいつもあなたがたと、ともにおられるためです。(ヨハネの福音書14章16節)」と仰せられたように、五殉節の日(ペンテコステ)に聖霊が下り、イエス様を信じる者には聖霊が与えられ、イエス様は聖霊なる神として内住してくださっているのです。いつでもどんな状況にあっても死に勝利された神が常に共にいてくださることを忘れないようにしようではありませんか。
