すべて、疲れた人、重荷を負っている人は、わたしのところに来なさい。わたしがあなたがたを休ませてあげます。 わたしは心優しく、へりくだっているから、あなたがたもわたしのくびきを負って、わたしから学びなさい。そうすれば魂に安らぎが来ます。わたしのくびきは負いやすく、わたしの荷は軽いからです。(マタイの福音書11章28節ー30節)

1.詩篇68篇19節ー20節
2.ヨハネの福音書14章22節ー27節
3.エペソ人への手紙4章17節ー32節
4.ヨハネの手紙第一5章1節ー13節

「私たちはあなたが神から来られたことを信じます。」と申し上げた弟子たちに、イエス様は「あなたがたは今、信じているのですか。見なさい。あなたがたが散らされて、それぞれ自分の家に帰り、わたしをひとり残す時が来ます。いや、すでに来ています。しかし、わたしはひとりではありません。父がわたしといっしょにおられるからです。わたしがこれらのことをあなたがたに話したのは、あなたがたがわたしにあって平安を持つためです。あなたがたは世にあっては患難があります。しかし、勇敢でありなさい。わたしはすでに世に勝ったのです。(ヨハネの福音書16章30節ー33節)」と、この世にあってどのようなことを経験するかという現実を語るとともに、今日の聖句も「すべて、疲れた人、重荷を負っている人は、わたしのところに来なさい。わたしがあなたがたを休ませてあげます。 わたしは心優しく、へりくだっているから、あなたがたもわたしのくびきを負って、わたしから学びなさい。そうすれば魂に安らぎが来ます。わたしのくびきは負いやすく、わたしの荷は軽いからです。」と、語っているように、どのような状況にあっても、主のくびきを負う、すなわち主とともに歩むなら、この世が与えることのできない平安を、与えてくださることを約束されたのでした。心身ともに疲れを覚えたとき、主は恵みとまことに満ちておられる方で、私たちが罪や死、罪に対する神の怒りから救われるために私たちの身代わりとなって十字架の死をもって神の愛を示され、日々私たちの重荷を負ってくださる方であることを忘れずに(詩篇68篇19節)、主の救いを見るために私たちの重荷を主に明け渡し、パウロが「お互いに親切にし、心優しい人となり、神がキリストにおいてあなたがたを赦してくださったように、互いに赦し合いなさい。」と、主が願っているように、十字架の主を思い起こし、互いに赦し合い、神の愛に生きるようにしようではありませんか。