民よ。どんなときにも、神に信頼せよ。あなたがたの心を神の御前に注ぎ出せ。神は、われらの避け所である。(詩篇62篇8節)

1.詩篇139篇1節ー4節
2.イザヤ書55章8節ー9節
3.ローマ人への手紙8章28節ー39節
4.ローマ人への手紙11章25節ー12章2節 

パウロは「終わりの日には困難な時代が来ることを、承知していなさい。」と警告してから、「そのときに人々は自分だけを愛し、金を愛し」と語ってから、「大言壮語し、高ぶり、神を冒涜(ぼうとく)し、両親に従わず、恩知らずで、汚れた者になります。また、情け知らずで、人と和解せず、中傷し、自制できず、粗野で、善を好まない者になり、人を裏切り、向こう見ずで、思い上がり、神よりも快楽を愛する者になり、見かけは敬虔そうであっても、敬虔の力を否定する者(新改訳第3版:その実を否定する者)になります(テモテへの手紙第二1節ー5節、新改訳2017訳)」と、自分だけを愛し、お金を愛するような生き方をするとどのような行動をとるかを、しかも信仰者でさえも世と調子を合わせてしまうと見掛け倒しの生き方をしてしまうことを語っていますが、インターネットを駆使して詐欺を働いている人々が大勢いることを見ても世界がどのような状態にあるのかを見ることができるのではないでしょうか。その上、イエス様が世の終わりの前兆として、人に惑わされないように気をつけること、戦争と戦争のうわさを聞くようになることを、「民族は民族に、国は国に敵対して立ち上がり、方々にききんと地震がお起こります。」と仰られたように、地震、山火事や自然災害が各地を襲っています。サウルからいのちを狙われていたダビデは「民よ。どんなときにも、神に信頼せよ。あなたがたの心を神の御前に注ぎ出せ。神は、われらの避け所である。」と、勧めています。困難な時代にあるがゆえに様々なことで悩んだり恐れおののいたりするようなことが多々ありますが、そのような時、私たちの身代わりとなって、私たちが受けるべき罪に対する罰を十字架の死をもって受けてくださり、私たちの避け所となってくださった恵みとまことに満ちておられる主を信頼し、心の中にある恐れや思い煩いをすべて正直に申し上げて主に明け渡し、恐れや思い煩いの代わりにこの世が与えることのできない主の平安で心を満たしていただこうではありませんか。