いのちの泉はあなたにあり、私たちは、あなたの光のうちに光を見るからです。(詩篇36篇9節)
1.イザヤ書60章1節ー3節
2.ヨハネの福音書1章1節ー17節
3. ヨハネ4章13節ー14節
4. ヨハネの福音書8章1節ー12節
今日の聖句は「いのちの泉はあなたにあり」と、語っているのは、「泉」は、自然に地中から水が湧き出る場所であり、人の力によるものではないからではないでしょうか。イエス様はサマリヤの女性に「わたしが与える水を飲む者はだれでも、決して渇くことがありません。わたしが与える水は、その人のうちで泉となり、永遠のいのちへの水がわき出ます。(ヨハネの福音書4章14節)」と、「わたしに来るものは決して飢えることがなく、わたしを信じる者はどんなときにも、決して渇くことがありません。(ヨハネの福音書6章35節)」と仰せられました。ですから主の恵に生きられたダビデは「主は私の羊飼い。私は、乏しいことがありません。(詩篇23篇1節)」と告白しているのではないでしょうか。ところでヨハネはイエス様について「この方にいのちがあった。このいのちは人の光であった。光はやみの中に輝いている。やみはこれに打ち勝たなかった。(ヨハネの福音書1章4節ー5節)」と語っています。ところでパウロはサタンは光の御使いに変装する(コリント人への手紙第二11章14節)、と語っています。ですから、彼がこの世と調子を合わせないように警告しているのは、この世に生きている限り、この世のものは必要ですが、世の価値観にとらわれてしまい、いのちの泉であり、まことの光であるイエス様が見えないような状態に陥ってしまい、満ち足りる心を伴う敬虔を失ってしまう危険性があるからではないでしょうか。
