神はそのひとり子を世に遣わし、その方によって私たちに、いのちを得させてくださいました。ここに、神の愛が私たちに示されたのです。私たちが神を愛したのではなく、神が私たちを愛し、私たちの罪のために、なだめの供え物としての御子を遣わされました。ここに愛があるのです。(ヨハネの手紙第一4章9節ー10節)
1.マルコの福音書2章13節ー17節
2.ヨハネの福音書3章16節ー18節
3.ローマ人への手紙6章17節ー23節
4.テモテへの手紙第一1章12節ー17節
パウロはキリストを信じる前の状態について「あなたがたは自分の罪禍と罪との中に死んでいた者であって、そのころは、それらの罪の中にあってこの世の流れに従い、空中の権威を持つ支配者として今も不従順の子らの中に働いている霊に従って、歩んでいました。(エペソ人への手紙2章1節ー2節)」と、語っているのは「罪から来る報酬は死です。しかし、神の下さる賜物は、私たちの主キリスト・イエスにある永遠のいのちです(ローマ人への手紙6章23節)」と語っているように、その死は永遠の死を意味するものです。人はこの世に生まれてからこの世を去るまで過ちを繰り返しながら過ちや罪を積み上げており、それらのものを消すことができません。罪には刑罰が下されます。ですから人が人を救うことはできません。ところで、今日の聖句が「神はそのひとり子を世に遣わし、その方によって私たちに、いのちを得させてくださいました。ここに、神の愛が私たちに示されたのです。私たちが神を愛したのではなく、神が私たちを愛し、私たちの罪のために、なだめの供え物としての御子を遣わされました。ここに愛があるのです。」と語っているように、全く罪のない御子イエス様を人としてお遣わしくださり、人にはできないことを神はしてくださり神の愛の本質を示してくださり、イエス様を信じる者には、天国で永遠に生きることができる永遠のいのちが与えられるのです。神の愛は無条件の愛であることを心に据えて、パウロのようにキリスト・イエスにある神の愛から私たちを引き離すものは何もないことを感謝し(ローマ人への手紙8章38節ー39節)、畏敬の念をもって主を礼拝しようではありませんか。
