信仰は望んでいる事がらを保証し、目に見えないものを確信させるものです。(ヘブル人への手紙11章1節)
2.ルカの福音書7章1節ー10節
3. ローマ人への手紙8章28節ー39節
4.ヨハネの手紙第一5章14節ー15節
今日の聖句は「信仰は望んでいる事がらを保証し、目に見えないものを確信させるものです。」と語っていますが、パウロは信仰について「信仰は聞くことから始まり、聞くことは、キリストについてのことばによるのです。(ローマ人への手紙10章17節)」と、語っています。長血をわずらっていた女性はイエス様のことを聞いて「お着物(上着)にさわることでもできれば、きっと直る(救われる)」という信仰が与えられましたし( マルコの福音書5章25節ー34節 )、百人隊長もイエス様のことを聞いて病気で死にかけていたしもべのために友人たちをイエス様のもとに遣わして「おことばをください。そうすれば、私のしもべは必ずいやされます。」と、申し上げるとイエス様は群衆に「あなたがたに言いますが、このようなりっぱな信仰は、イスラエルの中にも見たことがありません。」と仰せられ、友人たちが家に帰ってみると、しもべはよくなっていたのでした( ルカの福音書7章1節ー10節)。ペテロは「主よ。もし、あなたでしたら、私に、水の上を歩いてここまで来い、とお命じになってください。」と、申し上げるとイエス様が「来なさい」と言われたので、ペテロは水の上を歩いてイエス様の方に行ったのですが、風を見て、こわくなり、沈みかけたので「主よ。助けてください。」と叫ぶとイエス様は彼をつかんで「信仰の薄い人だな。なぜ疑うのか」と仰せられたように(マタイの福音書14章26節ー31節)、イエス様から目を離すと確信を失ってしまうのではないでしょうか。ヘブル人への手紙12章2節ー3節「信仰の創始者であり完成者であるイエスから目を離さないでいなさい。イエスは、ご自分の前に置かれた喜びのゆえに、はずかしめをものともせずに十字架を忍び、神の御座の右に着座されました。あなたがたは、罪人たちのこのような反抗を忍ばれた方のことを考えなさい。それは、あなたがたの心が元気を失い、疲れ果ててしまわないためです。」を心に留めて、信仰を与え、完成してくださるイエス様から目を離さないで生きるようにしようではありませんか。
