満ち足りる心を伴う敬虔こそ、大きな利益を受ける道です。(テモテへの手紙第一6章6節)
1.詩篇23篇1節ー6節
2.ヨハネの福音書14章22節ー27節
3.ローマ人への手紙15章4節ー13節
4.コリント人への手紙第二1章3節ー6節
イエス様が「まことに、まことに、あなたがたに告げます。モーセがあなたがたに天からのパンを与えたのではありません。しかし、わたしの父は、あなたがたに天からまことのパンをお与えになります。というのは、神のパンは、天から下って来て、世にいのちを与えるものだからです。」と話されると、人々が「主よ。いつもそのパンを私たちにお与えください。」と、申し上げると、イエス様は「わたしがいのちのパンです。わたしに来る者は決して飢えることがなく、わたしを信じる者はどんなときにも、決して渇くことがありません。(ヨハネの福音書6章32節ー35節)」と、祭りの終わりの大いなる日には「だれでも渇いているなら、わたしのもとに来て飲みなさい。わたしをい信じる者は、聖書が言っているとおりに、その人の心の奥底から、生ける水の川が流れ出るようになる。」と、仰せられましたが、「これは、イエスを信じる者が後になってから受ける御霊のことを言われたのである。」と、あります(ヨハネの福音書7章37節ー39節)。イエス様は「わたしの平安」と、この世が与えることのできない平安を与えてくださることを約束されました(ヨハネの福音書14章27節)。パウロは神について「忍耐と励ましの神」「望みの神」「慰めの神」と語っています。パウロは「満ち足りる心を伴う敬虔こそ、大きな利益を受ける道です。」と語っていますが、その秘訣は神が、イエス様がどのような方なのかを知ることにあるのではないでしょうか。ヘブル人への手紙12章2節が「信仰の創始者であり完成者であるイエスから目を離さないでいなさい。」と勧めているようにどんな時にも対処してくださる主を見上げて生きようではありませんか。
