先のことどもを思い出すな。昔の事どもを考えるな。見よ。わたしは新しい事をする。(イザヤ書43章18節)
1.出エジプト記13章17節ー14章31節
2.伝道者の書7章8節―10節
3. 伝道者の書11章9節ー6節
4.ルカの福音書9章59節ー62節
主はモーセに「わたしが下って来たのは、彼らをエジプトの手から救い出し、その地から、広い良い地、乳と蜜の流れる地、カナン人、へテ人、エモリ人、ペリジ人、ヒビ人、エブス人のいる所に、彼らを上らせるためだ。見よ。今こそ、イスラエル人の叫びはわたしに届いた。わたしはまた、エジプトが彼らをしいたげているそのしいたげを見た。今、行け。わたしはあなたをパロのもとに遣わそう。わたしの民イスラエル人をエジプトから連れ出せ。」と仰せられたのですが、出エジプト記13章17節ー18節は「さて、パロがこの民を行かせたとき、神は、彼らを近道であるペリシテ人の国の道には導かれなかった。神こうは言われた。『民が戦いを見て、心が変わり、エジプトに引き返すといけない。それで神はこの民を葦の海に沿う荒野の道に回らせた。」と、エジプトを懐かしむことを好まなかったのでした。彼らは後ろからエジプト軍が、前方には紅海と四面楚歌のような状態に陥ったとき、彼らはエジプトでも奇蹟を体験していたにも関わらず、エジプトを懐かしむような事を言ってつぶやいたのですが、主は紅海を二つに分けられ、民が対岸に着くと海水を元に戻されたので、エジプト軍は溺死したのを見て主を誉めたたえたのですが、主は昼は雲の柱、夜は火の柱をもって民を導かれ、主が与えようとされたエモリ人の山地にまで着いたたにもかかわらず、民は主を信じないで、モーセに「私たちより先に人を遣わし、私たちのために、その地を探らせよう。私たちの上って行く道や、入って行く町々について、報告を持ち帰らせよう」と言ったので、モーセも同意して各部族の族長を遣わして約束の地を探らせたのですが、その結果民は再びエジプトを懐かしんで不信の罪を犯したために20歳以上のもので約束の地に入ることができたのは主を信頼していたヨシュアとカレブだけでした。今日の聖句「先のことどもを思い出すな。昔の事どもを考えるな。見よ。わたしは新しい事をする。」を深く心に留めて、天に向かういのちの道を歩ませてくださり、私たちの内なる人を日々新たにしてくださる主を信頼して生きようではありませんか。
