私は使徒の中では最も小さい者であって、使徒と呼ばれる価値のない者です。なぜなら、私は神の教会を迫害したからです。ところが、神の恵みによって、私は今の私になりました。そして、私に対するこの恵みは、むだにはならず、私はほかのすべての使徒たちよりも多く働きました。しかし、それは私ではなく、私にある神の恵みです。(コリント人への手紙第一15章9節~10節)

1.コリント人への手紙第二6章1節ー10節
2.コリント人への手紙第二12章1節ー10節
3.コロサイ人への手紙1章3節ー6節
4. ピリピ人への手紙4章8節ー13節

パウロはエペソの聖徒たちに「あわれみ豊かな神は、私たちを愛してくださったその大きな愛のゆえに罪禍の中に死んでいたこの私たちをキリストとともに生かしーあなたがたが救われたのは、ただ恵みによるのですーキリストにおいて、ともによみがえらぜ、ともに天の所にすわらせてくださいました。それは、あとに来る世々において、このすぐれて豊かな御恵みを、キリスト・イエスにおいて私たちに賜る慈愛によって明らかにお示しになるためでした。あなたがたは、恵みのゆえに、信仰によって救われたのです。それは自自身から出たことではなく、神からの賜物です。行いによるのではありません。だれも誇ることのないためです。(エペソ人への手紙2章4節ー9節)」と語っているように、人が救われるのは神の愛、神の恵みによるものであるのを実感しておられたので、「私は、私を強くしてくださる方によって、どんなこともできるのです。(ピリピ人への手紙4章13節)」と、どんなこともできるのは自分の力でないことを語るとともに、「この福音は、あなたがたが神の恵みを聞き、それをほんとうに理解したとき以来、あなたがたの間でも見られるとおりの勢いをもって、世界中で、実を結び広がり続けているのです。福音はそのようにしてあなたがたに届いたのです。(コロサイ人への手紙1章6節)」と語っているように、恵みを本当に理解すると勢いが与えられるために「私は使徒の中では最も小さい者であって、使徒と呼ばれる価値のない者です。なぜなら、私は神の教会を迫害したからです。ところが、神の恵みによって、私は今の私になりました。そして、私に対するこの恵みは、むだにはならず、私はほかのすべての使徒たちよりも多く働きました。しかし、それは私ではなく、私にある神の恵みです。」と語ったのではないでしょうか。恵みをむだにしないように、神の力、神の知恵であり、恵みとまことを実現してくださったキリストにある者として生きようではありませんか。