わたしたちはみな、この方の満ち満ちた豊かさの中から、恵みの上にさらに恵みを受けたのである。(ヨハネの福音書1章16節)

1.ヨハネの福音書1章1節ー14節
2.ローマ人への手紙5章17章21節
3.エペソ人への手紙2章1節ー10節
4.ヘブル人への手紙4章12節ー16節

パウロは「さて、私たちは、律法の言うことはみな、律法の下のある人々に対して言われていることを知っています。それは、すべての口がふさがれて、全世界が神のさばきに服するためです。なぜなら、律法を行うことによっては、だれひとり神の前に義と認められないからです。律法によっては、かえって罪の意識が生じるのです。」と語る一方「すべての人は罪を犯したので、神からの栄誉を受けることができず、ただ、神の恵みにより、キリスト・イエスによる贖いのゆえに、値なしに義と認められるのです。(ローマ人への手紙3章19節ー20節及び23節ー24節)」と、さらに「律法が入って来たのは、違反が増し加わるためです。しかし、罪の増し加わるところには、恵みも満ちあふれました。それは、罪が死によって支配したように、恵みが私たちの主イエス・キリストにより、義の賜物によって支配し、永遠のいのちを得させるためなのです。(ローマ人への手紙 5章20節ー21節)」と恵みの持つ威力を語っています。私たちは様々なことで失敗しますが、自分を責めるよりも、恵みによって自分の罪禍や罪、神の怒りから恵によって救われていることを(エペソ人への手紙2章1節ー9節)、全生涯の過ちに対する刑罰はすでに十字架で支払われていることを、私たちの弱さをよくご存知で罪に定められないようにとりなしていてくださるだけでなく、どんなことも益としてくださることのできる主を仰ぎ見て、ヨハネが「わたしたちはみな、この方の満ち満ちた豊かさの中から、恵みの上にさらに恵みを受けたのである。」と語っているように、十字架の恵みに生き続けるようにしようではありませんか。