求めなさい。そうすれば与えられます。捜しなさい。そうすれば見つかります。たたきなさい。そうすれば開かれます。だれであれ、求める者は受け、捜す者は見つけ出し、たたく者には開かれます。(マタイの福音書7章7節ー8節)
1.マタイの福音書2章1節ー12節
2.ヨハネの福音書6章26節ー40節
3.ヨハネの福音書10章7節ー16節
4.ヤコブの手紙4章1節ー3節
「ユダヤ人の王としてお生まれになった方はどこにおいでになりますか。私たちは、東のほうでその方の星を見たので拝みに来ました。」と言った東方の博士たちはイエス様にお会いし、夢でヘロデのところへ戻らないように戒められ、別の道から自分の国に帰ったのでした。黙示録3章7節ー8節にイエス様は門を閉じたり開いたりする権限を持っておられることを語っています。イエス様は「求めなさい。そうすれば与えられます。捜しなさい。そうすれば見つかります。たたきなさい。そうすれば開かれます。」と語られてから「だれであれ」と、ユダヤ人であろうと異邦人であろうと、年齢がどうであろうと、系図がどうであろうと、知能指数がどうであろうと、すべての人に「求める者は受け、捜す者は見つけ出し、たたく者には開かれます。」と約束されてから「あなたがたも、自分の子がパンを下さい。と言うときに、だれが石を与えるでしょう。また、こが魚を下さいと言うのに、だれが蛇を与えるでしょう。していると、あなたがたは、悪い者であっても、自分の子どもには良い物を与えることを知っているのです。とすれば、なおのこと、天におられるあなたがたの父が、どうして求める者たちに良いものを下さらないことがありましょうか (マタイの福音書7章9節ー11節) 」と言われました。ヤコブの手紙4章3節は「願っても受けられないのは、自分の快楽のために使おうとして、悪い動機で願うからです。」と、求めてもそのことが私たちのためにならない物や事であるなら、神は良きお方ですから与えないことによって私たちを守ってくださることを語っています。人は「求め、捜し、たたき」ますが、その行為に対する結果は人の努力によるものではく神によって与えられることを示唆しているのではないでしょうか。求める者に与えてくださり、探す者に見出させてくださり、門をたたく者に門を開いて下さる主を仰ぎ見て生きようではありませんか。