罪から来る報酬は死です。しかし、神の下さる賜物は、私たちの主キリスト・イエスにある永遠のいのちです。(ローマ人への手紙6章23節)

1.ヨハネの福音書3章16節ー17節
2.ヨハネの福音書8章21節ー24節
3.コリント人への手紙第一15章3節ー22節
4.エペソ人への手紙2章1節ー9節

イエス様は弟子たちに「あなたがたは、わたしをだれと言いますか。」と尋ねると、ペテロが「あなたは、生ける神の御子キリストです。」と答えると「バルヨナ・シモン。あなたは幸いです。このことをあなたに明らかに示したのは人間ではなく、天にいますわたしの父です。」と仰せられてから、イエス様はご自分がエルサレムに行って、長老、祭司長、律法学者たちから多くの苦しみを受け、殺され、そして三日目によみがえらなければならないことを弟子たちに示し始められたのですが(マタイの福音書16章15節ー17節及び21節)、パウロが「私があなたがたに最もたいせつなこととして伝えたのは、私も受けたことであって、次のことです。キリストは、聖書の示すとおりに、私たちの罪のために死なれたこと、また、葬られたこと、また、聖書の示すとおりに、三日目によみがえられたこと、また、ケパに現れ、それから十二使徒に現れたことです。(コリント人への手紙第一15章3節ー5節)」と、十字架の死だけでなく、埋葬されたこと、三日目に死からよみがえられた、という3点をあげています(コリント人への手紙第一15章3節ー5節)。なぜなら今日の聖句が「罪から来る報酬は死です。しかし、神の下さる賜物は、私たちの主キリスト・イエスにある永遠のいのちです。」と語っているように、「もしキリストがよみがえらなかったのなら、あなたがたの信仰はむなしく、あなたがたは今もなお、自分の罪の中にいるのです。」と、復活がどれほどの意味を持つのかを語っています。この世が与えることのできない世界に生かされていることを感謝するとともに、祈ってこられた方々がイースター礼拝に集われますように祈ろうではありませんか。