あなたがたが、わたしの名によって何かをわたしに求めるなら、わたしはそれをしましょう。(ヨハネの福音書14章14節)

1.出エジプト記33章12節ー17節
2. サムエル記第一17章42節ー50節
3.コリント人への手紙第一3章1節ー9節
4.ピリピ人への手紙4章12節ー13節

パウロは「私は、自分に与えられた恵みによって、あなたがたひとりひとりに言います。だれでも思うべき限度を越えて思い上がってはいけません。いや、むしろ、神がおのおのに分け与えてくださった信仰の量りに応じて、慎み深い考え方をしなさい。一つのからだには多くの器官があって、すべての器官が同じ働きはしないのと同じように、大ぜいいる私たちも、キリストにあって一つのからだであり、ひとりひとり互いに器官なのです。(ローマ人への手紙12章3節ー5節)」と話されたように、パウロは「さて、兄弟たち。私は、私たちの主イエス・キリストの御名によって、あなたがたにお願いします。どうか、みなが一致して、仲間割れすることなく、同じ心、同じ判断を完全に保ってください。(コリント人への手紙第一1章10節)」と、「私はパウロにつく。私はアポロに」と仲間割れをしていたコリントの教会の聖徒たちに「私が植えて、アポロが水を注ぎました。しかし、成長させてくださるのは神です。それで大切なのは、植える者でも水を注ぐ者でもありません。成長させてくだる神なのです。植える者と水を注ぐ者は、一つですが、それぞれ自分の働きに従って自分自身の報酬を受けるのです。私たちは神の協力者であり、あなたがたは神の畑、神の建物です。」と、働きがどうであれ、その働きは主から与えらたものであり神とともに働く者とされていることを語ったのでした(コリント人への手紙第一3章1節ー9節)。イエス様は「あなたがたが、わたしの名によって何かをわたしに求めるなら、わたしはそれをしましょう。」と仰せられました。すなわち、主の御名によって求める、すなわち祈るなら、イエス様がその求めや祈りを成就してくださるということはパウロやアポロ同様、主の御名をもって祈るすべてのキリスト者は主と共に働く者とされているのではないでしょうか。主とともに働く者とされていることを忘れないようにしようではありませんか。