私たちは、真理に逆らっては何をすることもできず、真理のためなら、何でもできるのです。(コリント人への手紙第二13章8節)

1.ヨハネの福音書15章4節ー8節
2. 使徒の働き26章2節ー23節
3.コリント人への手紙 第一1章18節ー25節
4.ピリピ人への手紙4章8節ー13節

イエス様は「わたしが道であり、真理であり、いのちなのです(ヨハネの福音書14章6節)」と、ご自身が真理でり、いのちの源であり、私たちの生きる道であることを話されましたし、弟子たちに「この世を支配する者」すなわち世全体を支配している悪魔はイエス様に対して何もすることはできないことを語りました(ヨハネの福音書14章30節)。サタンは祭司長やユダヤ人の指導者を使ってイエス様を十字架につけたのですが、イエス様は死からよみがえられたのでした。パウロは「私たちは、真理に逆らっては何をすることもできず、真理のためなら、何でもできるのです。」という信仰に生きられましたが、それは、彼自身が体験されたことでもありました。パウロはステパノを殺することに賛成し(使徒の働き8章1節)、ナザレ人イエスの名に強硬に敵対すべきだと考えてキリスト者を迫害するために向かっていたダマスコの途上でイエス様から声をかけられたのですが、その時、天からの光に照らされ視力を失い手を引いていただかなければならない状態になり無力さを体験されただけでなく、キリスト者になっても、善をしたいという願いがいつもあるのに、それを実行することができない自分に悩み「私は、ほんとうにみじめな人間です。だれが、この死の、からだから、私を救い出してくれるでしょう。」と苦悩しましたが、神の恵みを知る者、キリスト・イエスにある神の愛がどれほどのものなのかを確信する者となられ(ローマ人への手紙8章38節ー39節)、「私はほかのすべての使徒たちよりも多く働きました。しかし、それは私ではなく、私にある神の恵みです。(コリント人への手紙第一15章10節)」と、もはや自分に生きるのではなく、恵みとまことに満ち、神の力、神の知恵でもあり(コリント人への手紙第一1章24節)真理そのものであるキリストに生きる者となられたのでした。私たちを罪や死、神の裁きから救うためにご自身を捧げられたイエス様のことを忘れずに生きようではありませんか。