一つのからだには多くの器官があって、すべての器官が同じ働きはしないのと同じように、大ぜいいる私たちも、キリストにあって一つのからだであり、ひとりひとり互いに器官なのです。(ローマ人への手紙12章4節ー5節)

1. 使徒の働き2章34節ー47節
2.コリント人への手紙第一12章4節ー27節
3.エペソ人への手紙4章1節ー25節
4.ペテロの手紙第一4章7節ー11節

イエス様は捕えられる前に「わたしは、彼らのため、わたし自身を聖め別地ます。彼ら自身も真理によって聖め別たれるためです。わたしは、ただこの人々のためでなく、彼らのことばによってわたしを信じる人々のためにもお願いします。それは、父よ。あなたがわたしにおられ、わたしがあなたにいるように、彼らがみな一つとなるためです。また、彼らもわたしたちにおるようになるためです、そのことによって、あなたがわたしを遣わされたことを、世が信じるためなのです。また私は、あなたがわたしに下さった栄光を、彼らに与えました。それは、わたしたちが一つであるように、彼らも一つであるためです。(ヨハネの福音書17章19節ー22節)」と、祈られたのですが、今日の聖句「一つのからだには多くの器官があって、すべての器官が同じ働きはしないのと同じように、大ぜいいる私たちも、キリストにあって一つのからだであり、ひとりひとり互いに器官なのです。」はイエス様の願いを可能にする秘訣を語っているのではないでしょうか。この世の人々は、互いに比較しながら、競い合いながら、優越感に浸ったり、劣等感に悩まされたり、心の安定を欠いた状態でありながらも心のうちを人に見られないように装って生活しているのではないでしょうか。ですから、パウロは「世と調子を合わせてはいけません。」と勧めています。キリスト者が十字架の血によってひとりひとりが神の家族の一員とされていることやキリストのからだの一部であることを自覚し、今現在、主によって与えらている信仰を喜び、互いに助け合って生きるなら、聖霊様によって心に注がれている神の愛(ローマ人への手紙5章 5節)に満ちた初代教会のキリスト者のようになり、主が願われているように心が一つにされ、ひとりひとりに与えられている主の栄光を現すことができるのではないでしょうか。