万軍の主はわれらとともにおられる。ヤコブの神はわれらのとりでである。(詩篇46篇11節)
1.出エジプト記33章12節ー16節
2.ヨシュア記1章1節ー9節
3.イザヤ書46章1節ー8節
4.ヨハネの福音書14章16節ー27節
箴言29章25節に「人を恐れるとわなにかかる。しかし主に信頼する者は守られる。」と、人間関係にばかりに気を取られてしまうと、「わなにかかる」すなわち、主がいつもともにおられることや主がどのような方なのかを忘れて主と主の言葉に対して不信の罪を犯してしまうのではないでしょうか。モーセの死後、主はヨシュアに「あなたの一生の間、だれひとりとしてあなたの前に立ちはだかる者はいない。わたしは、モーセとともにいたように、あなたとともにいよう。わたしはあなたを見放さず。あなた見捨てない。強く雄々しくあれ。わたしが彼らに与えるとその先祖たちに誓った地を、あなたは、この民に継がせなければならないからだ。」と仰せられてから、強く、雄々しくあるように恐れないように二度も仰せられたのでした。荒野を旅する間、夜は火のうちに、昼は雲のうちにあってご臨在を現され、いつも主がともにおられるとをはっきり示されたのですが、モーセの世代の民は多くの奇蹟を体験し、主の偉大さを見ていたにもかかわらず、人を恐れて不信の罪を犯したために20歳以上の者のうち約束の地に入れたのはヨシュアとカレブだけでした。ヨハネの手紙第一4章4節に「子どもちよ。あなたがたは神から出た者です。そして彼らに勝ったのです。あなたがたのうちにおられる方が、この世のうちにいる、あの者よりも力があるからです。」と語っています。今日の聖句が「万軍の主はわれらとともにおられる。ヤコブの神はわれらのとりでである。」と語っているように、モーセの世代の神もヨシュアの世代の神も同じ万軍の主であり、その同じ神が私たちの心には聖霊なる神として内住しておられること、主は守ることのできる神であることを忘れずに生きようではありませんか。