信仰は聞くことから始まり、聞くことは、キリストについてのみこばです。(ローマ人への手紙10章17節)
1.マルコの福音書5章25節ー34節
2.ルカの福音書7章2節ー10節
3.ヨハネの福音書4章29節ー42節
4.ヤコブの手紙1章12節ー22節
イエス様は人々に「種を蒔く人が種蒔きに出かけた。蒔いているとき、道ばたに落ちた種があった。すると、人に踏みつけられ、空の鳥がそれを食べてしまった。また、別の種は岩の上に落ち、生え出たが、水分がなかったので、枯れてしまった。また、別の種はいばらの中に落ちた。ところが、いばらもいっしょに生え出て、それを押しふさいでしまった。また、別の種は良い地に落ち、生え出て、百倍の実を結んだ。」とたとえ話をもって語られてから「聞く耳のある者は聞きなさい。」と仰せられたのですが、弟子たちはその意味が理解できなかったのでその真意をイエス様に尋ねると、イエス様は「種は神のことばです。」と仰せられてからその真意をあかされたのでした。イエス様は人々に「聞く耳のあるものは聞きなさい。」とか、「聞き方に注意しなさい。」と話されましたし、黙示録においては「耳のある者は御霊が諸教会に言われることを聞きなさい。」とすべての教会に語っています。」パウロは「信仰は聞くことから始まり、聞くことは、キリストについてのみこばです。」と語っています。キリストのことを聞いて信仰が生まれた人々は病が癒やされ、神のみわざを体験しましたが、パリサイ人や律法学者、ユダヤ人たちはイエス様を十字架につけてしまったのでした。イエス・キリストを、みことばをどのように受け止めるかによって信仰のあり方が左右されてしまうのではないでしょうか。キリスト・イエスがどのような方であるのかを正しく把握し、私たちを励まし、力を与えてくださる恵みのみことばをすなおに受け入れ、みことばに生きるようにしようではありませんか。
