神に向かって歌い、御名をほめ歌え。雲に乗って来られる方のために道を備えよ。その御名は、主。その御前で、こおどりして喜べ。(詩篇68篇4節)

1.ヨハネの福音書14章1節―3節
2.マタイの福音書24章3節―31節
3.使徒の働き1章3節―11節
4.黙示録19章11節ー16節

ユダヤ人たちが祭司とレビ人をエルサレムからヨハネのもとに遣わして「あなたはどなたですか。」と尋ねさせると、ヨハネは「私は、キリストではありません。」と彼らが待ち望んでいるメシアではないことを話されてから「私は、預言者イザヤが言ったように『主の道をまっすぐにせよ』と荒野で叫んでいる者の声です。」と答えられ(ヨハネの福音書1章19節―23節)、罪が赦されるための悔い改めに基づくバプテスマを説いていたのでした(ルカの福音書3章3節)。死からよみがえられたイエス様に「主よ。今こそ、イスラエルのために国を再興してくださるのですか。」と尋ねた弟子たちに「いつか、どんなときとかいうことは、あなたがたは知らなくてもよいのです。それは、父がご自分の権威をもってお定めになっています。しかし、聖霊があなたがたの上に臨まれるとき、あなたは力を受けます。そして、エルサレム、ユダヤとサマリヤの全土、および地の果てにまで、わたしの証人となります。」と仰せられてから雲に包まれて昇天されましたが、白い衣を着た二人の人、すなわち御使いたちは再び彼らが見ていると同じ有様でこの世に再臨されることを伝えたのですが(使徒の働き1章6節―11節)、その時にはこの世の悪を滅ぼすために「王の王、主の主」と来られることを黙示録19章16節語っています。ところで、今日の聖句は「神に向かって歌い、御名をほめ歌え。雲に乗って来られる方のために道を備えよ。その御名は、主。その御前で、こおどりして喜べ。」と、救われていることを喜んで主を賛美するだけでなく、バプテスマのヨハネと同じように「道を備える」すなち、人々が偶像崇拝を悔い改めてイエス様を信じるようにお導きする働きが与えられていることを心に留めて、キリストの証人としてイエス様がどのような方であるのかを紹介しようではありませんか。