主を恐れることは知識の初めである。愚か者は知識と訓戒をさげすむ。(箴言1章7節)
1.エレミヤ書9章23節―24節
2.ローマ人への手紙1章16節―25節
3.コリント人への手紙第一1章18節―25節
4.コロサイ人への手紙2章1節―4節
今日の聖句は「主を恐れることは知識の初めである。愚か者は知識と訓戒をさげすむ。」と語っていますが、詩篇14篇1節が「愚か者は心の中で、『神はいない』と言っている。彼らは腐っており、忌まわしいことを行っている。善を行う者はいない。」と、パウロが、神を知っていると、自分では知者であると言いながらも、不滅の神の御栄えを、滅ぶべき人間や、鳥、獣、はうもののかたちに似た物、すなわち偶像を造ってそれを拝んでいるなら、愚かな者である(ローマ人への手紙1章20節―25節)と語っているように、「愚か者」とは世間一般が考えるような知識が乏しい人ではなく、神の存在を無視している無神論者や天地万物を創造された神ではなく偶像崇拝をし、神について説き明かされた神の奥義である御子イエス・キリストに関する知識や、訓戒を与える聖書のみことばをさげすむ、すなわちばかにする人であることを語っています。この世の知識がどんなに豊かでも、人にとって最も必要な知識であるみことばをご存知ないなら、死や死後についての答えを持たずに、暗中模索をしながらうやむやな歩みをするのではないでしょうか。今日の聖句「主を恐れることは知識の初めである。」を心に据えて、主を恐れる、すなわち神がどんな偉大な方であるかを忘れず、天地万物を創造されただけでなく罪人を救うためにご自身をささげられたイエス・キリストを畏敬の念をもって敬い、さまざまな状況にどう対処すべきかを教え、導きを与えてくださる、欠かすことのできない知識であるみことばで生きるようにしようではありませんか。