若者も疲れ、たゆみ、若い男もつまずき倒れる。しかし、主を待ち望む者は新しく力を得、鷲のように翼をかって上ることができる。走ってもたゆまず、歩いても疲れない。(イザヤ書40章30節―31節)

1.伝道者の書3章1節―11節
2.イザヤ書46章3節―13節
3.ハバクク書2章1節―4節
4.ルカの福音書24章44節―49節

イエス様は十二弟子たちに霊どもを追い出し、あらゆる病気、あらゆるわずらいをいやすために汚れた霊どもを制する権威をお授けになり、イスラエルの家の失われた羊に「天の御国は近づいた」と宣べ伝えるように遣わされたのですが(マタイの福音書10章1節及び6節―7節)、昇天される前には聖書を悟らせるために弟子たちの心を開いてから「キリストは苦しみを受け、三日目に死人の中からよみがえり、その名によって、罪の赦しを得させる悔い改めが、エルサレムから始まってあらゆる国の人々に宣べ伝えられる。あなたがたは、これらのことの証人です。さあ、わたしは、わたしの父の約束してくださったものをあなたがたに送ります。あなたがたはいと高き所から力を着せられるまでは、都にとどまっていなさい。」と、待つように仰せられたのでした(ルカの福音書24章45節―49節)。今日の聖句は「若者も疲れ、たゆみ、若い男もつまずき倒れる。しかし、主を待ち望む者は新しく力を得、鷲のように翼をかって上ることができる。走ってもたゆまず、歩いても疲れない。」と、人の力と主からの力との違いを語るとともに、主からの力を得るためには主を待ち望むことが不可欠であることを語っています。鷲は羽根が生え変わる時、古い羽根は新しく生えてくる羽に押し出されて抜け落ちるようで、その間、岩陰に身を隠して新しい羽が出て来るまで待つのだそうです。イエス様が弟子たちに約束されたようにペンテコステの日に聖霊が下り、聖霊の力に満たされたペテロは人を恐れずに大胆に福音を語り、3000人が救われて教会が生まれたのでした。パウロはテモテに「神が私たちに与えてくださったものは、おくびょうの霊ではなく、力と愛と慎みの霊です。(テモテへの手紙第二1章6節−7節)」と聖霊がいかなるものであるかを話されました。日々、思い煩いや恐れから解放されるために、日々聖霊の力に満たされて生きるために、主を待ち望む、すなわち主の時を待ち望み(伝道者の書3章11節)、主を信頼し、主の安息の中に生きるようにしようではありませんか(ヘブル人への手紙4章10節―11節)。