主に感謝することは、良いことです。いと高き方よ。あなたの御名にほめ歌を歌うことは。(詩篇92篇1節)
1.詩篇95篇1節―3節
2.ピリピ人への手紙4章4節―6節
3.テサロニケへの手紙第一5章16節―18節
4.ヘブル人への手紙12章18節―28節
パウロは「この世と調子を合わせてはいけません。いや、むしろ、神のみこころは何か、すなわち、何が良いことで、神に受け入れられ、完全であるのかをわきまえ知るために、心の一新によって自分を変えなさい。私は、自分に与えられた恵みによって、あなたがたひとりひとりに言います。だれでも、思うべき限度を越えて思い上がってはいけません。いや、むしろ、神がおのおのに分け与えてくださった信仰の量りに応じて、慎み深い考え方をしなさい。(ローマ人への手紙12章2節―3節)」と、神に受け入れられる良いことが何なのかを知るために、キリスト者が欲望を神とし、恥ずべきものを栄光として、地上のことだけを考えているような世の人々のように(ピリピ人への手紙3章19節:2017年訳)、他者と自分を比較して生きることのないように、そのためには心を一新するように勧めていますが、その秘訣はパウロの「あなたがたは、地上のものを思わず、天にあるものを思いなさい。あなたがたはすでに死んでおり、あなたがたのいのちは、キリストとともに、神のうちに隠されているからです。私たちのいのちであるキリストが現れると、そのときあながたがも、キリストが現れると、そのときあなたがたも、キリストとともに、栄光のうちに現れます。(コロサイ人への手紙3章2節―4節)」ということばにあるのではないでしょうか。キリスト者には、永遠の栄光が与えられているのですが(ペテロの手紙第一5章、それを可能にしたのは罪人を救うために御子イエス様をこの世にお遣わしくださった神と、父のみこころを知って十字架の死にいたるまで忠実に従われて恵みとまことを実現されたイエス様によるもであったことを考えると、主が喜ばれ受け入れられる良いことは今日の聖句が「主に感謝することは、良いことです。いと高き方よ。あなたの御名にほめ歌を歌うことは。」と語っているように、すべてのことを益としてくだる主に感謝をささげることと、主をほめたたえることではないでしょうか。感謝できないような時、主をほめたたえることができない時、私たちが受けるべき罰を背負って十字架に架けられる前にもムチ打たれ苦しみにあえいだイエス様のことを思い起こし、感謝のいけにえ(詩篇50篇23節)、賛美のいけにえ(ヘブル人への手紙13章15節)をささげようではありませんか。