心を尽くして主に拠り頼め。自分の悟りにたよるな。(箴言3章5節)

1.ローマ人への手紙1章16節―25節
2.コリント人への手紙第一1章18節―25節
3.コリント人への手紙第一8章1節―6節
4.コロサイ人への手紙2章8節―10節

先日、石原慎太郎氏が亡くなられたことが報道されましたが、その中で生前、彼が「死んだらそれで終わりで、天国も地獄もない。その方がさっぱりしていいじゃないか。」と、持論を展開しているのを見ながら、それに同意する人がでないように思わされるとともに、パウロが「信仰による義はこう言います。『あなたは心の中で、だれが天に上るだろうか、と言ってはいけない。』それはキリストを引き降ろす事ことです。また、『だれが地の奥底に下るだろうか、と言ってはならない。』それはキリストを死者の中から引き上げることです。」と語っているように(ローマ人への手紙10章6節―7節)、判決を下されるのは主であって、私たちが、彼がやがてどうなるのかということを想像して判断することではないのですが、彼はやがて天国も地獄もあることを知る事になり、きっとびっくりされることと思います。人はとかく知能指数がどのくらいなのか、どのくらい知識があるかによって賢いかどうかの評価を下しやすいものですが、パウロはコリントの聖徒たちに「だれも自分を欺いてはいけません。もしあなたがたの中で、自分は今の世の知者だと思う者がいたら、知者になるためには愚かになりなさい。なぜなら、この世の知恵は、神の前では愚かだからです。こう書いてあります。『主は、知者の論議を無益だと知っておられる。』ですから、だれも人間を誇ってはいけません。」と助言しておられます(コリント人への手紙第一3章18節―19節)。今日の聖句「心を尽くして主に拠り頼め。自分の悟りにたよるな。」を心に据えて、自分の考えよりも、主に拠り頼む人生を歩むために、真理のみことば、いのちのみことばをしっかり握って生きようではありませんか。