あなたがわたしを世に遣わされたように、わたしも彼らを世に遣わしました。(ヨハネの福音書17章18節)

1.マタイの福音書4章1節ー17節
2.マタイの福音書5章13節ー16節
3.ヨハネの福音書1章1節ー18節
4.使徒の働き1章3節ー8節

聖霊に満たされたイエス様は、みことばをもって悪魔の試みに勝利すると聖霊の力に満たされ(ルカの福音書4章1節―14節)福音宣教の働きを始められたのでした(マタイの福音書4章1節―17節)。イエス様は「あなたがわたしを世に遣わされたように、わたしも彼らを世に遣わしました。」と語ってから「わたしは、ただこの人々のためだけでなく、彼らのことばによってわたしを信じる人々のためにもお願いします。」と、弟子たちだけでなく、すべてのキリスト者はイエス様が遣わされたのと同じようにこの世に遣わされていることを話されたのでした。イエス様は弟子たちに「あなたがたは、いと高き所から力を着せられるまでは、都にとどまっていなさい(ルカの福音書24章49節)。聖霊があなたがたの上に臨まれるとき、あなたは力を受けます。そして、エルサレム、ユダヤとサマリヤの全土、および地の果てにまで、わたしの証人となります(使徒の働き1章8節)。」と、イエス様が聖霊の力によって宣教の働きをされたように、キリスト者に託された宣教の働きも聖霊の力によるべきものであることがわかります。パウロは「あなたがたといっしょにいたときの私は、弱く、恐れおののいていました。そして、私のことばと宣教とは、説得力のある知恵のことばによって行われたものではなく、御霊と御力の現れでした。(コリント人への手紙第一2章3節―4節)」と、弱さや恐れがあっても宣教の働きをされたことを語っています。なぜなら弱い時にこそ主が働かれるからではないでしょうか(コリント人への手紙第二12章9節―10節)。弱さや恐れを感じる時、心を天に向けて「アバ。父」と聖霊の力がおおってくださるように祈り、世の光として来られたイエス様がみことばで悪魔に勝利されたのと同じように、世の光として輝くためにいのちのことばをしっかり握って生きようではありませんか(ピリピ人への手紙2章16節)。