兄弟たち。あなたがたは、自由を与えられるために召されたのです。ただ、その自由を肉の働く機会としないで、愛をもって互いに仕えなさい。(ガラテヤ人への手紙5章13節)

1.イザヤ書53章1節ー6節
2.ヨハネの福音書8章31節ー36節
3.ローマ人への手紙5章20節ー6章23節及び17節ー23節
4.ローマ人への手紙7章15節ー8 章4節

神である主はアダムに「あなたは、園のどの木からでも思いのまま食べてよいのです。しかし、善悪の知識の木からは取って食べてはならない。それを取って食べるとき、あなたは必ず死ぬ。」と自由を与えるとともに神のことばに従うように仰せられたのですが、神の警告を「決して死にません」と完全に否定した悪魔のことばを信じて食べたエバの声に従ってアダムが食べたために人類に死が入ったのでした。世全体を支配している悪魔は神から与えられた自由を肉の働く機会へと導き、罪を犯すように仕向けたのでした。パウロは「私は、私のうち、すなわち、私の肉のうちに善が住んでいないのを知っています。私には善をしたいという願いがいつもあるのに、それを実行することがないからです。・・私は、ほんとうにみじめな人間です。だれがこの死の、からだから、私を救い出してくれるのでしょうか。」と、心の葛藤を覚え苦悩しましたが、「今は、キリスト・イエスにある者が罪に定められることは決してありません。なぜなら、キリスト・イエスにある、いのちの御霊の原理が、罪と死の原理から、あなたを解放したからです。」と、この世が与えることができない罪や死から自由にされることを悟り、「兄弟たち。あなたがたは、自由を与えられるために召されたのです。ただ、その自由を肉の働く機会としないで、愛をもって互いに仕えなさい。」と、キリストによって自由が与えられたのは肉によって罪を犯さなくなるためであるとともに、愛、すなわち人を欺く情欲ではなく(エペソ人への手紙4章22節)、聖霊によって与えられている神の愛をもって互いに仕えるためであることを語っています。自由をはきちがえないように、自分かってな生き方からも救われていることを心に据えて(イイザヤ書53章6節)、人のことばに惑わされないように、真の自由を与えてくださる真理のみことばに生きようではありませんか。