私は、あなたがたのために神からゆだねられた務めに従って、教会に仕える者となりました。神のことばを余すところなく伝えるためです。これは、多くの世代にわたって隠されていて、いま神の聖徒たちに現された奥義なのです。神は聖徒たちに、この奥義が異邦人の中にあってどのように栄光に富んだものであるかを、知らせたいと思われたのです。この奥義とは、あなたがたの中におられるキリスト、栄光の望みのことです。(コロサイ人への手紙1章25節―27節)

1.ローマ人への手紙818節―25
2.ピリピ人への手紙317節―21
3.ペテロの手紙第一13節―4
4.ペテロの手紙第一5章7節―11節

人は栄光を求め、栄光を手にするために努力をしますが、この世が与えることのできる栄光を手にすることができる方は競争に勝った者ですが、パウロは「兄弟たち。私を見ならう者になってください。また、あなたがたと同じように私たちを手本として歩んでいる人たちに、目を留めてください。というのは、私はしばしばあなたがたに言って来たし、今も涙をもって言うのですが、多くの人々がキリストの十字架の敵として歩んでいるからです。彼らの最後は滅びです。彼らの神は彼らの欲望であり、彼らの栄光は彼ら自身の恥なのです。彼らの思いは地上のことだけです。(ピリピ人へ手紙3章17節―19節)」と、この世が与えることのできる栄光について、また栄光を手にする動機について語る一方で「私は、あなたがたのために神からゆだねられた務めに従って、教会に仕える者となりました。神のことばを余すところなく伝えるためです。これは、多くの世代にわたって隠されていて、いま神の聖徒たちに現された奥義なのです。神は聖徒たちに、この奥義が異邦人の中にあってどのように栄光に富んだものであるかを、知らせたいと思われたのです。この奥義とは、あなたがたの中におられるキリスト、栄光の望みのことです。」と、キリスト者には聖霊なる神としてキリストが内住しておられるので、すべての聖徒には栄光の望みが与えられていることを語っています。それは、イエス様が死からよみがえられ、死に勝利されたことによって確かなものとされた栄光であることを、しかも御霊なる主が栄光から栄光へと主と同じかたちに姿を変えてくださることを心に据え、人の努力によるものではなく、恵みによってイエス様を信じるすべての人に与えられる永遠の望み、永遠の栄光を人々が知ることができますように祈ろうではありませんか。