ユダヤ人であってもギリシャ人であっても、召された者にとっては、キリストは神の力、神の知恵なのです。なぜなら、神の愚かさは人よりも賢く、神の弱さは人よりも強いからです。(コリント人への手紙 第一1章24節―25節)

1.マタイの福音書2215節―22
2.ヨハネの福音書81節―11
3.使徒の働き68節―10
4.コリント人への手紙 第一1章18節ー23節

イエス様が、ご自分がエルサレムに行って、長老、祭司長、律法学者たちから多くの苦しみを受け、殺され、そして三日目によみがえられなければならないことを弟子たちに示しはじめると、ペテロはイエス様を引き寄せて「主よ。神の御恵みがありますように。そんなことが、あなたに起こるはずはありません。」といさめ始めたので、イエス様はペテロに「下がれ、サタン。あなたはわたしの邪魔をするものだ。あなたは神のことを思わないで、人のことを思っている。」と仰せになられました(マタイの福音書16章21節―23節)。イエス様が仰せられたことばに、被造物の立場をわきまえず、神のようになろうと高ぶったために天から地に落とされたサタンは、もとは神に仕える天使長でしたから、神をよく知っており、人よりも知識がありますが、神のみこころを知ることはできず、人々に神を忘れさせるような働きをすることが明らかにされたのではないでしょうか。ユダヤ人たちはメシアを待ち望んでいましたが、イエス様がご自身のことを神の子と認めたにもかかわらず、メシアと認めないどころかピラトがイエス様を釈放しようと努力したにもかかわらず(ヨハネの福音書19章12節)、祭司長や長老たちのねたみのゆえに(マタイの福音書27章18節)十字架にかけられてしまったのでした。十字架にかけられているイエス様に「あれは他人を救った。もし、神のキリストで、選ばれた者なら、自分を救ってみろ。」と、民衆も指導者たちも兵士たちもあざ笑い、十字架にかけられた二人のうちのひとりも悪口を言ったりしたのでしたが(ルカの福音書23章35節―39 節)、そこには神の偉大なご計画があったのでした。神はユダヤ人だけでなくすべての人が救われる道を十字架によって完成されただけでなく復活をもって生ける希望を与えられただけでなく驚くべきことに、すべてのことを教えてくださる聖霊を主を信じる者に与えられ、神の栄光を現す者とされたのです。聖霊に満たされたイエス様は世全体を支配している悪魔の試みに会われただけでなく、パリサイ人や律法学者から何度も試みられましたが、今日の聖句が「ユダヤ人であってもギリシャ人であっても、召された者にとっては、キリストは神の力、神の知恵なのです。なぜなら、神の愚かさは人よりも賢く、神の弱さは人よりも強いからです。」と語っているように、人々を癒すだけでなく、人の知恵では考えつかないようなことを話されて勝利されたのでした。神の力、神の知恵であるキリストが聖霊なる神として内住してくださっていることを、神を知る者とされていることを喜んで生活しようではありませんか。