主に感謝せよ。主はまことにいつくしみ深い。その恵みはとこしえまで。(詩篇1181節)

1.詩篇1301 節―8
2.ヨハネの福音書114節―17節
3.エペソ人への手紙21節―9
4.ヘブル人への手紙4章14節ー16節

主から「おまえはわたしのしもべヨブに心を留めたか。彼のように潔白で正しく、神を恐れ、悪から遠ざかっている者はひとりも地上にはいないのだが。」と評価をされたヨブを試みることを許されたサタンは、ヨブと見分けができないほどの悪性の腫物をもって打たれたので、その状態を見た三人の友は悔やみを言って慰めようとヨブを訪ねたはずなのに、七日七夜ヨブとともに地に座っていましたが、その間彼らは一言も話しかけないどころか、心のうちを正直に語ったヨブを責めるようなことを言ったのでした。ヨブは「今でも天には、私の証人がおられます。私を保証してくださる方は高い所におられます。私の友は私をあざけります。しかし、私の目は神に向かって涙を流します。その方が、人のために神にとりなしをしてくださいますように。人の子がその友のために。(ヨブ記16章19節―21節)」と、イザヤ書59章16節が「主は人のいないのを見、とりなす者のいないのに驚かれた。そこで、ご自分の御腕で救いをもたらし、ご自分の義を、ご自分のささえとされた。」と語っているように、神は罪人を救うために御子イエス様を人としてこの世にお遣わしになられたのでした。イエス様はサタンの試みに会うペテロの信仰がなくならないように祈られただけでなく、十字架にかけられながら「父よ。彼らをお赦しください。彼らは、何をしているのか自分でわからないのです。」と、とりなされ、「完了した。(ヨハネの福音書19章20節)」と、贖いのわざを成し遂げられたので、主を信じる者には神の義、永遠のいのちが与えられるという恵みが実現したのでした。パウロは「律法が入って来たのは、違反が増し加わるためです。しかし、罪の増し加わるところには、恵みも満ちあふれました。それは、罪が死によって支配したように、恵みが、私たちの主イエス・キリストにより、義の賜物によって支配し、永遠のいのちを得させるためなのです。(ローマ人への手紙5章20節―21節)」と、驚くべき恵みの力を語っています。ヘブル人への手紙12章15節が「すべての人との平和を追い求め、また、聖められることを追い求めなさい。聖くなければ、だれも主を見ることができません。そのためには、あなたがたはよく監督して、だれも神の恵みから落ちる者がないように」と、今日の聖句が「主に感謝せよ。主はまことにいつくしみ深い。その恵みはとこしえまで。」と、勧めてるように恵みによって救われていることを、主はだれよりもいつくしみ深い方であることを忘れず、「主よ、感謝します。」と主に感謝を捧げながら生活しようではありませんか。