あなたがたは、選ばれた種族、王である祭司、聖なる国民、神の所有とされた民です。それは、あなたがたを、やみの中から、ご自分の驚くべき光の中に招いてくださった方のすばらしいみわざを、あなたがたが宣べ伝えるためなのです。(ペテロの手紙 第一29節)

1.イザヤ書431節―4
2.コリント人への手紙 第一318節―4章5節
3.コリント人への手紙 第二 61節―10
4.ペテロの手紙 第一2章4節―9節

サムエルの息子たちが利得を求めたり、わいろを取ったり、さばきを曲げるようなことをしていたので、民がサムエルに「今や、あなたはお年を召され、あなたのご子息たちは、あなたに道を歩みません。どうか、今、ほかのすべての国民のように、私たちをさばく王を立ててください。」と言ったので、主はサムエルをサウルのもとに遣わし、イスラエルの初代の王として油を注がれたのでしたが、彼は主の御声に聞き従うことができなかっただけでなく、ダビデを非常に愛していたにもかかわらず、ペリシテ人との戦いに勝利して凱旋した時女性たちが「サウルは千を打ち、ダビデは万を打った。」と歌ったことばを聞いて「ダビデには万を当て、私には千を当てた。彼にないのは王位だけだ。」と言ってその日以来、ダビデを疑いの目で見るようになり、彼の一生涯の目的はダビデを殺害することになってしまったのでした。サウルの問題は、まず神との関係が崩れていたことにありますが、その原因を「あなたは、自分では小さい者にすぎないと思ってはいても、イスラエルの諸部族のかしらではありませんか。主があなたに油をそそぎ、イスラエルの王とされました。主はあなたに使命を授けて言われました。『行って罪人アマレク人を聖絶せよ。彼らを絶滅させるまで戦え』あなたはなぜ、主の御声に聞き従わず、分捕り物に飛びかかり、主の前に悪を行ったのですか。」と、サムエルを通して語られた主のことばに見ることができるのではないでしょうか。彼は、主から与えられた立場と使命を心に留めて行動しなかったこと、人の評価に心を奪われ「ねたみ」という肉の思いに支配されてしまったことにあるのではないでしょうか。人はとかく目に見える人の評価を気にするために人からの栄誉を求めてしまいがちですが、キリスト者は贖われた者であるがゆえに、主の目に高価で尊い者とされているのです。今日の聖句「あなたがたは、選ばれた種族、王である祭司、聖なる国民、神の所有とされた民です。それは、あなたがたを、やみの中から、ご自分の驚くべき光の中に招いてくださった方のすばらしいみわざを、あなたがたが宣べ伝えるためなのです。」を心に留めて、自分の立場や使命を忘れたサウルのようではなく、恵みをむだに受けようとしないために、人の評価に一喜一憂せず、淡々と真理のみことばで生き、与えられた使命をはたされたパウロのように、人々のためにとりなして祈るとともに、罪や死から救うことのできる恵みとまことに満ちている主を紹介する機会が与えらたなら、聖霊の力に満たされて大胆に話すことができるように祈り備えようではありませんか。