シオンに住む者。大声をあげて、喜び歌え。イスラエルの聖なる方は、あなたの中におられる、大いなる方。(イザヤ書12章6節)
1.コリント人への手紙 第一 6章19節―20節
2.エペソ人への手紙1章20節―23節
3.ヨハネの手紙 第一4章1節―6節
ペテロは、「主のもとに来なさい。主は、人には捨てられたが、神の目には、選ばれた、尊い、生ける石です。あなたがたも生ける石として、霊の家に築き上げられなさい。そして、聖なる祭司として、イエス・キリストを通して、神に喜ばれる霊のいけにえをささげなさい。なぜなら、聖書にこう書いてあるからです。『見よ。わたしはシオンに選ばれた石、尊い礎石を置く、彼に信頼する者は、決して失望することがない。』したがって、より頼んでいるあなたがたには尊いものですが、より頼んでいない人々にとっては、『家を建てる者たちが捨てた石、それが礎の石となった』のであって、『つまずきの石、妨げの岩』なのです。彼らがつまずくのは、みことばに従わないからですが、またそうなるように定められたのです。」と(ペテロの手紙 第一 2章4節-8節)、イザヤ書28章16節の内容を引用されて語っているように「シオン」は教会を指すものであり、選ばれた石、礎石の石はイエス様のことであることではないでしょうか。旧約聖書の時代も荒野を旅する時に幕屋の周囲に部族ごとにテントを張って宿泊したことが象徴しているように、主はイスラエルの民の中におられましたが、主が弟子たちに「まことに、あなたがたにもう一度、告げます。もし、あなたがたのうちのふたりが、どんな事でも、地上で心を一つにして祈るなら、天におられるわたしの父は、それをかなえてくださいます。ふたりでも三人でも、わたしの名において集まる所には、わたしもその中にいるからです。(マタイの福音書18章19節―20節)」と、仰せられたように、キリスト者が集うところに主はおられるだけでなく、主を信じる者には聖霊が与えられいるので(ヨハネの福音書7章38節ー39節)、キリスト者は聖霊の宮であり(コリント人への手紙 第一6章19節)、すなわち、天地万物を創造された主が聖霊なる神としてキリスト者の心に内住してくださっているので、ヨハネは「子どもたちよ。あなたがたは神から出た者です。そして彼らに勝ったのです。あなたがたのうちにおられる方が、この世のうちにいる、あの者よりも力があるからです。(ヨハネの手紙 第一4章4節)」と反キリストの霊、すなわち悪魔(サタン)に勝利していることを語っています。今日の聖句が「シオンに住む者。大声をあげて、喜び歌え。イスラエルの聖なる方は、あなたの中におられる、大いなる方。」と、キリスト者に、教会に勧めているように、コロナウイルスの恐れに満ちているこの時期、人を再び恐怖に陥れるような奴隷の霊ではなく、聖霊が与えられており神を父と呼ぶ特権が与えられていることを、私たちの心にどなたがおられるかを、主はいつも私たちとともにおられることを認識するなら、大声をあげなくても、大声をあげて喜びたくなるのではないでしょうか。