神よ。あなたはご自身の聖なる所におられ、恐れられる方です。イスラエルの神こそ力と勢いとを御民にお与えになる方です。ほむべきかな。神。(詩篇68篇35節)

1.イザヤ書4027節―31
2.ルカの福音書2444節―49
3.使徒の働き1章3節―8

イエス様はあらゆる病気、あらゆるわずらいをいやすために汚れた霊どもを制する権威を十二弟子にお授けになりましたが、「異邦人の道に行ってはいけません。サマリヤ人の町に入ってはいけません。イスラエルの家の失われた羊のところに行きなさい。行って、『天の御国が近づいた』と宣べ伝えなさい。病人をいやし、死人を生き返らせ、ツアラアトに冒された者をきよめ、悪霊を追い出しなさい。」と、弟子たちが行くべき場所を限定されたのですが、死からよみがえられたイエス様は「聖霊があなたがたの上に臨まれるとき、あなたがたは力を受けます。そして、エルサレム、ユダヤとサマリヤの全土、および地の果てにまで、わたしの証人となります。(使徒の働き1章8節)」と、神からの力を得てから、宣教範囲が世界規模になることを語られたのです。五殉節(ペンテコステ)の日に主が約束されたように聖霊が下り、弟子たちは上からの力に満たされ、福音書に見られるペテロは悪霊を追い出す権威は与えられていても人を恐れてイエス様を三度知らないと言ったのですが、死からよみがえられたイエス様に再会し、聖霊に満たされたペテロは人を恐れずに大胆に福音を語ったのでした。今日の聖句は「神よ。あなたはご自身の聖なる所におられ、恐れられる方です。イスラエルの神こそ力と勢いとを御民にお与えになる方です。ほむべきかな。神。」と、恐れられるべき方は神、すなわち神がどんな偉大な方であるかを心に留めるべきであること、神からの力や勢いは神の民にのみ与えられることを語っています。一方、箴言19章25節は「人を恐れるとわなにかかる。しかし主に信頼する者は守られる」と語っています。日常生活において主がどんなに偉大な方であるかを、神の民、すなわちイエス様を信じたことによって神の家族とされたキリスト者にも弟子たちと同じようにこの世や人の力をはるかに超えた力である聖霊が与えらていることを忘れずに主を誉めたたえ、「ユダヤ人であってもギリシャ人であっても、召された者にとっては、キリストは神の力、神の知恵なのです。なぜなら、神の愚かさは人よりも賢く、神の弱さは人よりも強いからです(コリント人への手紙 第一 1章24節―23節)」を心に据えて、キリストにある者として生きるなら、人を恐れる生活から解放されるのではないでしょうか。神の力、神の知恵に生きるために、人間関係以上に神との関係を考えて生きようではありませんか。