神は唯一です。神と人との間の仲介者も唯一であり、それは人としてのキリスト・イエスです。(テモテへの手紙 第一 2章5節2017年版)

1.ローマ人への手紙323節―31
2.コリント人への手紙 第二 5章15節ー18節
3.ヘブル人への手紙98節―15
4.ヘブル人への手紙101節―22

ヨハネの手紙 第一 4章16節は「神は愛です」と神がどのような方であるかをはっきり語っていますが、今も流行っているかどうかわかりませんが、主が「恐るな。わたしがあなたを贖ったからだ。わたしはあなたの名を呼んだ。あなたは、わたしのもの。あなたが水の中を過ぎるときも、わたしは、あなたとともにいる。川を渡るときも、あなたは押し流されず、火の中を歩いても、あなたは焼かれず、炎はあなたに燃えつかない。わたしはあなたの神、主、イスラルの聖なる者、あなたの救い主であるからだ。わたしはエジプトをあなたの身代金とし、クシュとセパをあなたの代わりとする(イザヤ書43章1節―3節)」と仰せられてから、「わたしの目には、あなたは高価で尊い。わたしはあなたを愛している。だから、わたしは人をあなたの代わりに、国民をあなたのいのちの代わりにする」と4節は語っているにも関わらず、4節の前半のみが引用され、イエス様との関係をお持ちでない人々に「わたしの目には、あなたは高価で尊い。わたしはあなたを愛している。」と、十字架の贖いが無視されてしまうようなメッセージが流行ってしまい、「神の愛」についての概念がみことばからずれて、神は何でも受け入れてくださるかのように人々は思ってしまったのではないでしょうか。エペソ人への手紙2章3節に生まれながらの人間は自分の肉と欲で生きているので、神の怒りのもとあることを語っています。なぜなら、神は完全に聖なる方で、罪と妥協できない方だからですが、妥協の代わりに、全人類を救うために御子イエス様を人としてこの世にお遣わしくださったのです。しかも、イエス様は十字架につけている人々のために今日の聖句が「神は唯一です。神と人との間の仲介者も唯一であり、それは人としてのキリスト・イエスです。」と語っているように「父よ。彼らをお赦しください。彼らは、自分が何をしているのかが分かっていないのです。(ルカの福音書 23章34節)」と、とりなされ、罪の赦しと恵みによる救いを完成してくださったのでした。キリスト者はキリストのゆえに神との和解が与えられ、神の怒りからも救われているだけでなく(ローマ人への手紙5章9節)、罪に決して定められることがなく(ローマ人への手紙8章1節)永遠のいのちが与えられていることを喜び、主をほめたたえて生きようではありませんか。