私たちの父なる神と主イエス・キリストの父なる神がほめたたえられますように。神はキリストにあって、天にあるすべての霊的祝福をもって私たちを祝福してくださいました。(エペソ人への手紙1章3節)

1.ローマ人への手紙6章17節ー23節
2.コリント人への手紙第二6章1節ー10節
3.エペソ人への手紙2章1節ー10節
4.ペテロの手紙第一1章3節ー4節

パウロはイエス様を信じる前の状態について「あなたがたは自分の罪禍と罪との中に死んでいた者であって、そのころは、それらの罪の中にあってこの世の流れに従い、空中の権威を持つ支配者として今も不従順の子らの中に働いている霊に従って、歩んでいました。私たちもみな、かつては不従順の子らの中にあって、自分の肉の中に生き、肉と心の望むままを行い、ほかの人たちと同じように、生まれながら御怒りを受けるべき子らでした。(エペソ人への手紙2章1節ー3節)」と、不従順な子(天地万物を創造された神を認めず、偶像を作ってそれを神としている人々)の絶望的な状態を語る一方で、イエス様を信じるなら全生涯の罪が赦されているために、罪に対する神の怒りから救われていることをも(ローマ人への手紙5章9節)語るとともに「私たちの父なる神と主イエス・キリストの父なる神がほめたたえられますように。神はキリストにあって、天にあるすべての霊的祝福をもって私たちを祝福してくださいました。」とキリスト者はこの世が与えることのできない祝福が与えられていることを語っています。この世に生きている限り、生きるためにはこの世のものは必要ですが、この世の価値観や生き方に捕らわれないように、パウロは世と調子を合わせないように命じていますし(ローマ人への手紙12章2節)、ヤコブは世を愛することは神に敵することになってしまう、と警告していますし(ヤコブの手紙4章4節)、ヨハネは「世をも、世にあるものをも、愛してはなりません。」と警告していますが、その理由として「すべて世にあるもの、すなわち、肉の欲、目の欲、暮らし向きの自慢などは、御父から出たものではなく、この世から出たものだからです。世と世の欲は滅び去ります。しかし、神のみこころを行う者は、いつまでもながらえます。」と語っています(ヨハネの手紙第一2章15節ー17節)。神は愛であり、あわれみ深い方であるとともに正義の方なので罪と妥協することができず罪に対して怒り、いわゆる義憤を発する方ですが、イエス様を信じたことによって全生涯の罪が十字架によって取り除かれているので、神の怒りから救われているだけでなく、滅びる者ではなく、この世が与えることのできない永遠のいのちが与えられていることを心に据えて、御子イエス様をお遣わしくださった神と私たちを罪や神の怒りから救うために十字架の死をもって神の愛を示されたイエス様をほめたたえて生きるように心がけようではありませんか。