悪を行う者に対して腹を立てるな。悪者に対してねたみを起こすな。(箴言24章19節)
1.詩篇37篇1節ー9節
2.詩篇73篇1節ー22節
3.エペソ人への手紙4章26節ー32節
4.ヤコブの手紙1章 12節ー21節
イエス様は祭司長、長老たちにねたまれて、バラバの代わりにイエス様を死刑にするように群衆を説きつけたために、イエス様は十字架にかけられただけでなく、道を行く人々から「神殿を打ちこわして三日で立てる人よ。もし、神の子なら、自分を救ってみろ。十字架から降りて来い。」とののしられたり、祭司長や律法学者、長老たちからあざけられ「彼は他人を救ったが、自分は救えない。イスラエルのおうだ。今、十字架から降りてもらおうか。そうしたら、われわれも信じるから。彼は神により頼んでいる。もし神のお気に入りなら、いま救っていただくがいい。『わたしは神の子だ』と言っているのだから。」と、言われただけでなくイエス様と一緒に十字架にかけられたh強盗たちから も同じようにののしられたのですが(マタイの福音書27章39節ー44節)、イエス様は腹を立てるどころか「父よ。彼らをお赦しください。彼らは、何をしているのか自分でわからないのです。」と祈られたのでした。すると「あなたはキリストではないか。自分と私たちを救え」と言った犯罪人に対してもうひとりの犯罪人は「おまえは神をも恐れないのか。おまえも同じ刑罰を受けているではないか。われわれは、自分のしたことの報いを受けているのだからあたりまえだ。だがこの方は、悪いことは何もしなかったのだ。」とたしなめてから「イエスさま。あなたの御国の位にお着きになるときには。私を思い出してください。」と申し上げると「まことに、あなたに告げます。あなたはきょう、わたしとともにパラダイスにいます。」と約束されたのでした(ルカの福音書23章34節ー43節)。アサフは悪者に対してねたみを起こしていた時について「私は、愚かで、わきまえもなく、あなたの前で獣のようでした(詩篇73篇2節ー3節及び22節)」と告白しています。ヤコブは「人の怒りは、神の義を実現するものではありません。(ヤコブの手紙1章20節)」と、パウロは「怒っても、罪を犯してはなりません。日が暮れるまで憤ったままではいけません。悪魔に機会を与えないようにしなさい。(エペソ人への手紙4章26節-27節)」と警告しています。今日の聖句「悪を行う者に対して腹を立てるな。悪者に対してねたみを起こすな。」を心に据えて、私たちは滅びる者ではなく、永遠のいのちが与えられていることを、悪を行う人は悪魔に支配されていることを忘れずに、イエス様のように、聖霊に満たされたステパノのように、人々がこの世の神、すなわち悪魔や悪霊から解放されるように(エペソ人への手紙2章2節)、とりなして祈るように心がけようではありませんか。