お互いに親切にし、心の優しい人となり、神がキリストにおいてあなたがたを赦してくださったように、互いに赦し合いなさい。(エペソ人への手紙4章32節)

1.ルカの福音書23章13節ー43節
2.コリント人への手紙第二2章10節ー11節
3.コロサイ人への手紙3章2節ー15節
4.ヘブル人への手紙10章4節ー18節

イエス様が「『自分の隣人を愛し、自分の敵を憎め』と言われたのを、あなたがたは聞いています。しかし、わたしはあなたがたに言います。自分の敵を愛し、迫害する者のために祈りなさい。それでこそ、天におられるあなたがたの父の子どもになれるのです。天の父は、悪い人にも良い人にも太陽を上らせ、正しい人にも正しくない人にも雨を降らせてくださるからです。自分を愛してくれる者を愛したからといって、何の報いが受けられるでしょう。取税人でも、同じことをしているではありませんか。また、自分の兄弟にだけあいさつしたからといって、どれだけまさったことをしたのでしょう。異邦人でも同じことをするではありませんか。だから、あなたがたは、天の父が完全なように、完全でありなさい。(マタイの福音書5章43節ー48節)」と、取税人や異邦人、すなわち一般の人々と神の民の生き方の違いを指摘されました。パウロが「お互いに親切にし、心の優しい人となり、神がキリストにおいてあなたがたを赦してくださったように、互いに赦し合いなさい。」と、勧めているように、この世の人々の親切さや優しさを超えた生き方をするために、「十字架だ。十字架につけろ」と言い、悪口を言った人々、あざけった人々のために「父よ。彼らをお赦しください。彼らは何をしているのか自分でわからないのです。」ととりなして祈られただけでなく、それまで十字架につけられていながら悪口を言っていた犯罪人が「イエスさま。あなたの御国の位にお着きになるときには、私を思い出してください。」と申し上げると、「まことに、あなたに告げます。あなたはきょう、わたしとともにパラダイスにいます。」と、それまでの態度を責めることなく希望を与えられたイエス様の優しさを忘れずに生きるようにしようではありませんか。